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弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

コラム Column

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いわき信用組合

2025年12月2日

いわき信用組合は,福島県いわき市を中心とする協同組合組織の金融機関ですが,令和6年9月,SNSに組織的に無断借名融資がくりかえされているなどの投稿がされたことを契機として第三者委員会(以下,「第三者委員会」)による調査がされ,令和7年5月30日,調査報告書が提出されました。
第三者委員会の調査により,いわき信組では迂回融資,無断借名融資,水増し融資等の不正融資が繰り返されており,また元職員2名による着服横領がされていたのですが,それらを組織的に隠蔽していたことが明らかになりました。
それとともに同報告書では,第三者委員会に対するいわき信組の協力姿勢に強い疑義を示された上,一連の不祥事件の実態解明に向けて,更なる調査を行う必要がある旨指摘されたことから,改めて特別調査委員会(以下,「特別調査委員会」)が組成され,同委員会による調査が行われました。
特別調査委員会は,令和7年10月31日,調査報告書(以下,「特別調査委員会報告書」)を提出しましたが,特別調査委員会報告書によると,いわき信組は,与信が十分でなく本来融資できない大口融資先(大口業況不芳先)に対してペーパーカンパニーを利用した迂回融資や,無断借名融資により捻出した金員の資金提供を繰り返すなどしていただけでなく,反社会的勢力(以下,「反社」)に多額の資金提供をしていたことを明らかにしました。

この反社に対する資金提供は,右翼団体による街宣活動がきっかけだったようですが,特別調査委員会報告書の記載をまとめると次のとおりになります。
すなわちいわき信組は,理事の中に暴力団関係者との交友関係を有する者がおり,交際しているうちに弱みを握られて金銭の支払いを要求される者がいたところ,1994年ころからいわき信組本部や当時の理事長の自宅周辺で右翼団体による街宣活動が繰りかえされるようになりました。すると,いわき信組の融資先の人物(特別調査委員会報告書の中で「Σ氏」と表記されている人物であり,以下,「Σ氏」)が,理事長(以下,「A氏」)らに対し,右翼団体の仲介役を務める旨申し出るとともに,街宣活動を中止させるための解決料の名目で3億円超の現金の支払いを要求し,A氏らはこれに応じていわき信組の資産からΣ氏に3億円超の現金を支払いました。Σ氏は,暴力団等との関係は不明であったものの,暴力団関係者を親交を有する周辺者と位置づけられていました。
Σ氏は,3億円超の支払を契機にその後も断続的に億単位の不当要求を繰りかえし,役員らはその要求に応じて金員の支払を続けました。
A氏の後任の理事長(四家栄義氏)は反社に対する資金提供をしなかったとのことですが,四家氏が急逝した後,右翼団体による街宣活動が再開されたことから,四家氏の後任の理事長は,Σ氏らに対する資金提供を再開してしまいました。
また,企業等の不祥事追及等を主眼とする情報誌の関係者からも役員らの不正を暴くと脅され,億単位の金員を提供したこともありました(特別調査委員会報告書は,この人物について「反社」と認定しています。)。
いわき信組は,2017年9月ころ以降にも,Σ氏から執拗に資金提供の要求を受けましたが,さすがに新たな資金提供には応じませんでした(但し,Σ氏の子に3億円の融資を実行しました。)。
特別調査委員会報告書では,いわき信組は,約13年間にわたり,不正融資によって捻出した現金のうち10億円前後を反社に提供したと結論づけています。

反社に対する資金提供が許されないことは当然ですし,特にコンプライアンスが強く求められる金融機関は反社に対してより厳格な対応が求められます。
いわき信組も「反社会的勢力対応管理規程」等の反社排除にむけた規程類は一応整備されていたようですが,これらの規程等は全く絵に描いた餅でした。反社に対する資金提供のきっかけは右翼団体による街宣活動だったようですが,街宣活動をやめさせる手段としては,街宣禁止仮処分等の法的手段(名誉毀損等の言動があれば刑事告訴も可能です。)をとるべきだったにもかかわらず,いわき信組の役員らは,暴力団関係者と親交を有する周辺者と位置づけていたΣ氏の口車にのり,Σ氏に多額の金員を渡すなどしました。えてして,このような人物に金員を渡してしまうと,資金提供をしたこと自体を口実にますます強請られることになるものであり,実際,Σ氏からの不当要求が繰り返し行われ,多額の金員を提供する結果になってしまいました。
暴力団関係者と交友関係を有する者が理事をしていたことこと自体驚きですが,暴力団関係者と親交を有する周辺者と位置づけていたΣ氏の右翼団体の街宣活動をやめさせるとの申出に安易に応じて金員を交付するというのもにわかに信じがたいことです。いわき信組の役員らは,不当要求をする反社に対して資金提供によりくさいものに蓋を期待したのかもしれませんが,逆に自分の首を絞めるだけの結果でした。
特別調査委員会報告書は,いわき信組が長期間にわたり反社に対する資金提供を続けた背景として,反社に対する支払の事実を「一部の役員の間だけの秘密事項」としていたことを指摘していますが,同じ人物が理事長や会長等の役員を長期間にわたり歴任する体制が一部の役員の間での「秘密事項」の共有を可能にしたといえます。
日経の記事によると,7月時点で理事長の在任期間が10年以上は信金が38,信組が24。20年以上も信金が10,信組が4とのことです(2025年11月11日付)。
いわき信組と同様の問題をかかえる信組,信金はないでしょうが,この際,内部で点検をし,場合によっては外部の第三者による監査を受けるのもいいかもしれません。

地面師たち

2025年10月30日

今月25日に「未解決事件 File.03 『地面師詐欺事件』」(NHK総合)という番組が放送されました。
これは,積水ハウス株式会社が約55億円をだまし取られた詐欺事件のドキュメンタリーです。
番組冒頭で,「主犯格とされた男から届いた手紙に書かれた『黒幕は別にいる』との言葉」から取材を開始したとされ,地面師詐欺師らを撮影した動画や積水ハウス事件で服役している受刑者の逮捕前のインタビュー映像など生々しい映像のほか,事件で逮捕されながら不起訴になった人物へのインタビュー,積水ハウス関係者に対する突撃取材などが敢行された力作でしたが,結局「黒幕」の有無は分からずじまいでした。

地面師詐欺は,Netflixのドラマ「地面師たち」によっても映像化されており,地面師たちが洗練された隙のない立ち居振る舞いをしているように描かれています。
しかし,実際の地面師詐欺では,地主になりすました人間(なりすまし)のほか,なりすましをスカウトする人間,スカウトに話をつなげる人間,本人確認書類を偽造する人間,だまし取った金員を小分けする人間,これらを指示する人間(指示役)など多数が関与する犯罪であり,グループの全体を網羅的,総括的に把握する人物はいないとされます。
積水ハウス事件も同様だったようです。
このように多数の人間が関与する一方で全体を統括する人間が不在あるいはあいまいであることから,完璧な準備をすることは困難であると考えられ,そのため,犯行の途中で様々なミスを犯すことになります。
積水ハウス事件でも地面師たちは結構ミスを犯したといわれており,例えば,本人確認書類として偽造されたパスポートに不備があったり(法務局は,パスポートが偽造されたものであることを見抜いて登記を拒否しました。),積水ハウス社とは別のターゲットの不動産業者には取引の不審に気付かれて取引を拒否されたり,決済の場でなりすまし役の女が生まれ年の干支を間違ったりなどのミスを重ねていました。
その意味で,実際の犯行はドラマで描かれていたようにはスムーズにいかなかったようです(ドラマはあくまでもドラマ上の演出が多分にされていたといえます。)。
とはいえ,地面師が多数のメンバーで構成され,それぞれが全体の一部のみを担当するという構図には変わりなく,そのため全体像の把握が極めて困難であることは間違いありません。
積水ハウス事件では,警視庁が総力を挙げて捜査に当たり,約150名から事情を聴取し,15名を逮捕し,そのうち10名が公判請求されたとのことです。
積水ハウス社は,この10名に対して10億円の賠償を求める損害賠償請求訴訟を提起して判決を得たものの,実際にどれくらい回収できたかは不明です。

これまでのコラムで何度も指摘しましたが,地面師詐欺で被害を受けないためには,何よりも売主である地主の本人確認が大切になります。
近所の人や地主本人を知っているであろう人に売主である地主の写真を見せて,地主本人であることを確認するのが最も確実です。積水ハウス事件でも,代金をだまし取られた後,本人確認書類とされていたパスポートの写真を示したところ,別人であると言われ,ようやくだまされたことに気がついたということのようです。
また,地面師詐欺では,地面師らは必ずミスを犯すはずですので,小さいかもしれませんがミスを見落とすことなくフラッグを立て,深掘りした調査を行うことが肝要と思われます。
積水ハウス事件のように,目の前においしい物件が示されると,取引を早く成立させるために前のめりになり,ネガティブ情報はあえて無視したり必要な調査をおろそかにしがちですが,その気持ちの隙を地面師詐欺師らは狙っているのです(ドラマもそのようなストーリーであると思います。)。
これもこれまでのコラムで指摘したことですが,本人確認を営業担当や司法書士だけに任せるのではなく,本人確認を確実に実施するための専門部隊を組織し,本人確認のプロに担当させる方法もあり得ると思います。
このような専門部隊が過去の地面師詐欺の事例から偽造を見破るポイントを蓄積しておけば,少々の偽造であれば容易に見破ることができると考えられますし,専門部隊による本人確認であれば,前のめりにならずに冷静な判断も期待できると思います。
また,専門性の高い外部の第三者に確認を依頼することも有効と思われます。

代表取締役等の住所の非表示

2025年7月8日

令和7年7月7日の日経新聞に,法人の登記事項証明書における代表取締役等の住所を非表示にする措置(以下,「本件措置」といいます。)が紹介されており,令和6年10月1日以降の本件措置の利用率は3.2%とのことです。

会社法は,株式会社等の代表取締役等の「氏名及び住所」を登記しなければならないとしていますが(同法911条3項14号等),プライバシーの保護を図り,誰もが安心して起業することができるようにするため,商業登記規則が改正されて,本件措置が可能となりました。
すでに,令和4年9月1日から,DV被害者等である会社代表者等からの申出があれば,登記事項証明書等における会社代表者等の住所を非表示とする措置が講じられるようになっていましたが,令和6年10月1日から,DV等被害者でない場合でも,申出により,本件措置を講じることが可能となりました(商業登記規則31条の3)。
本件措置が講じられるためには,非上場の株式会社(本件措置が講じられていない場合)であれば,

ア 株式会社の本店所在場所における実在性を証する書面
イ 代表取締役等の住所等を証する書面
ウ 株式会社の実質的支配者の本人特定事項を証する書面

を添付して申し出ることになります。
申出が認められると,登記事項証明書の「役員に関する事項」には代表取締役等の氏名と行政区画のみが表示され,例えば就任の登記と同時の申出であれば

東京都千代田区
代表取締役   法務太郎

と記載されることになります。
このように本件措置が講じられると,登記事項証明書には代表取締役等の住所が行政区画のみ表示されることになりますが,法務省のHPには,「登記事項証明書等によって会社代表者の住所を証明することができないこととなるため,金融機関から融資を受けるに当たって不都合が生じたり,不動産取引等に当たって必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えたりするなど,一定の影響が生じることが想定されます。」として,本件措置の申出に当たっては慎重かつ十分な検討が必要である旨の注意書きがされています。

ところで,法人を賃借人とする賃貸借契約を締結し,同法人が物件所在地を本店所在地として登記していたところ,同法人が賃料を滞納したまま夜逃げをしてしまう場合があります。
このような場合,本店所在地宛に解除通知書等を発送しても,保管期間経過等で返送されるなどして不達となってしまうわけですが,次のステップとして,代表取締役の住所宛に解除通知書等を送付して手続を進めることがあります。
しかし,本件措置が講じられた場合は,送付するべき代表取締役等の住所が分かりません。
このように本件措置が講じられていて代表取締役等の住所が分からない場合は,法務局に対し,弁護士法23条の2に基づく照会をすれば代表取締役等の住所を回答してもらえることになっています。
法務省民事局商事課長の通知(法務省民商第55号 令和7年3月28日)には,弁護士法23条の2に基づく照会があった場合においては,「当該住所を回答して差し支えありません」とされています。

弁護士照会をするには一定の手間と費用が必要となりますが,自動車の登録事項証明書を徴求するときなどにも弁護士法23条の2に基づく照会が必要とされているとおり,権利の実現に当たってもプライバシー保護との調整が求められる時代になっているということだと思います。

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