代表取締役等の住所の非表示
2025年7月8日
令和7年7月7日の日経新聞に,法人の登記事項証明書における代表取締役等の住所を非表示にする措置(以下,「本件措置」といいます。)が紹介されており,令和6年10月1日以降の本件措置の利用率は3.2%とのことです。
会社法は,株式会社等の代表取締役等の「氏名及び住所」を登記しなければならないとしていますが(同法911条3項14号等),プライバシーの保護を図り,誰もが安心して起業することができるようにするため,商業登記規則が改正されて,本件措置が可能となりました。
すでに,令和4年9月1日から,DV被害者等である会社代表者等からの申出があれば,登記事項証明書等における会社代表者等の住所を非表示とする措置が講じられるようになっていましたが,令和6年10月1日から,DV等被害者でない場合でも,申出により,本件措置を講じることが可能となりました(商業登記規則31条の3)。
本件措置が講じられるためには,非上場の株式会社(本件措置が講じられていない場合)であれば,
ア 株式会社の本店所在場所における実在性を証する書面
イ 代表取締役等の住所等を証する書面
ウ 株式会社の実質的支配者の本人特定事項を証する書面
を添付して申し出ることになります。
申出が認められると,登記事項証明書の「役員に関する事項」には代表取締役等の氏名と行政区画のみが表示され,例えば就任の登記と同時の申出であれば
東京都千代田区
代表取締役 法務太郎
と記載されることになります。
このように本件措置が講じられると,登記事項証明書には代表取締役等の住所が行政区画のみ表示されることになりますが,法務省のHPには,「登記事項証明書等によって会社代表者の住所を証明することができないこととなるため,金融機関から融資を受けるに当たって不都合が生じたり,不動産取引等に当たって必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えたりするなど,一定の影響が生じることが想定されます。」として,本件措置の申出に当たっては慎重かつ十分な検討が必要である旨の注意書きがされています。
ところで,法人を賃借人とする賃貸借契約を締結し,同法人が物件所在地を本店所在地として登記していたところ,同法人が賃料を滞納したまま夜逃げをしてしまう場合があります。
このような場合,本店所在地宛に解除通知書等を発送しても,保管期間経過等で返送されるなどして不達となってしまうわけですが,次のステップとして,代表取締役の住所宛に解除通知書等を送付して手続を進めることがあります。
しかし,本件措置が講じられた場合は,送付するべき代表取締役等の住所が分かりません。
このように本件措置が講じられていて代表取締役等の住所が分からない場合は,法務局に対し,弁護士法23条の2に基づく照会をすれば代表取締役等の住所を回答してもらえることになっています。
法務省民事局商事課長の通知(法務省民商第55号 令和7年3月28日)には,弁護士法23条の2に基づく照会があった場合においては,「当該住所を回答して差し支えありません」とされています。
弁護士照会をするには一定の手間と費用が必要となりますが,自動車の登録事項証明書を徴求するときなどにも弁護士法23条の2に基づく照会が必要とされているとおり,権利の実現に当たってもプライバシー保護との調整が求められる時代になっているということだと思います。
フリーランス保護法
2025年6月26日
公正取引委員会は,令和7年6月17日,株式会社小学館と株式会社光文社に対し,それぞれ,フリーランス保護法(「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)に違反した事実があるとして勧告を行いました。
このフリーランス保護法は,力関係的に弱い立場におかれているフリーランスとの取引の適正化を目的とする法律です。
法は,フリーランス(フリーランス保護法では「特定受託事業者」と規定されています。)を
1 個人であって,従業員を使用していないもの
2 法人であって,一の代表者以外に他の役員がなく,かつ,従業員を使用しないもの
と定義した上で,フリーランスに業務委託をする事業者(「特定業務委託事業者」)は,報酬の額,支払期日等の取引条件を書面等で明示しなければならないとし(法第3条1項),報酬の支払期日は,委託した事業者がフリーランスから成果物を受領した日から起算して60日以内の期間内において,かつ,できる限り短い期間内において,定めなければならず(法第4条1項),仮に期日の定めがされない場合は,業務を委託した事業者が成果物を受領した日を支払期日と定められたものとみなされるなどとしています(法第4条2項)。
また,業務委託をする事業者は,フリーランスの責に帰すべき事由がないのに給付の受領を拒むこと,報酬の額を減ずること,不当に低額な報酬額を不当に定めることなどが禁止されます(法第5条)。
上記2社は,月刊誌や週刊誌等の書籍を編集する際,原稿,写真データ,イラスト等の作成,ヘアメイクの実施,撮影道具等の手配等の業務をフリーランスに委託していたところ,報酬の額等を明示せず,また,報酬の支払期日を明示していなかったのに,成果物を受領した日までに報酬を支払わなかったとして,法第8条1項等の定めに基づいて勧告を受けたのでした。
出版業界では,これまで,フリーランスに対して取引条件を明示せず,また,報酬の支払いも月刊誌や週刊誌が発売された日を基準に報酬の支払い日が設定されるなどしていたとのことですが,法が施行された令和6年11月1日以降も,これまでと同様のやり方を続けていたことになります。
日経新聞の記事によると,小学館も光文社も,フリーランス保護法の施行に伴い研修や説明会を行ったとのことですが,現場レベルでは徹底されなかったことになります。
フリーランス保護法の定める手続が履行されなかった事情としては,多数のフリーランスにいちいち書面等で条件を明示することが面倒ということもあるでしょうが,フリーランスなんて代わりはいくらでもいるし,いわば使い捨てという意識が働いているのではないでしょうか。
また,報酬額を予め明示せずに少ない報酬で仕事をさせれば,経費を圧縮したとして担当者の手柄にもなり得ます。
確かにフリーランス保護法が施行されるまでは,従前のやり方をしても下請法違反等にならない限り法的問題になることは少なかったと思われますが,フリーランス保護法が施行された以上,法の定める手続を履行する必要があり,それに違反すると今回のような勧告がされ,社名が公表されてしまいます。
特に,公正取引委員会は,独占禁止法,下請法,フリーランス保護法を駆使して,下請業者やフリーランスなどの事業者との契約関係を適正なものとすることに強い意思を有していますので,今後もフリーランス保護法等の違反に対して厳しい対応をしていくものと予想されます(6月25日には,島村楽器株式会社に対してフリーランス保護法に基づく勧告がされました。)。
フリーランスとの対応を現場任せにすると今後も同様の勧告がされるおそれが大きいといえます。
下請法のコラムでも記載しましたが,フリーランスとの契約関係を法に適合した形にするためには,現場任せではなく,トップが強いリーダーシップを発揮して,現場の意識改革を進めるとともに,不断の監視をすることが必要だと思います。
鳥獣保護管理法の改正
2025年5月14日
2024年12月27日のコラムで,札幌高裁の判決(2024年10月18日)が大きな波紋を生じさせていることを取り上げました。
この事件は,北海道の砂川市内にヒグマ1頭が出現したことから,砂川市の要請を受けて出動したA氏がライフル銃を1発発射してヒグマを駆除したところ,それが鳥獣保護管理法違反に当たるとして,北海道公安委員会がAの猟銃所持許可を取り消す処分をしたため,A氏が公安委員会の処分の取消しを求めた訴訟でした。
北海道公安委員会がA氏の猟銃所持許可を取り消したのは,ヒグマの駆除のためとはいえ,市街地(住居集合地域等)で猟銃を発射した行為が,
住居が集合している地域又は広場,駅その他の多数の者の集合する場所(以下「住居集合地域等」という。)においては,銃猟をしてはならない。
と定める鳥獣保護管理法(同法第38条第2項)に違反したとの理由からでした。
A氏の訴訟では,一審の札幌地裁は公安委員会の処分を取消したのですが,控訴審の札幌高裁は札幌地裁の判決を取消し,A氏の訴えを棄却する判決をしました。
A氏は,控訴審判決を不服として最高裁判所に上告したとのことですが,札幌高裁のこの判決は大きく報道され,北海道猟友会は,今後ヒグマ駆除の要請を拒否することを検討したそうですし(ただし,最終的には一律に拒否するのではなく,駆除の要請を受けた各支部の判断に委ねることにしたそうです。),駆除要請を受けて発砲したハンターが不利益を被らないようにすることを内容とする鳥獣保護管理法等の改正を求める動きが活発化しました。
そうしたところ,本年4月18日,第217回国会において鳥獣保護管理法の改正案が可決成立しました。
改正法では,「緊急銃猟」の項目が新設され,一定の要件のもとで住居集合地域等での銃猟が適法とされることとなりました。
改正法は,概略
市町村長は,ヒグマ等の「危険鳥獣」が「住居」等「人の日常生活の用に供されている場所」等に侵入等して,人の生命身体に対する危害を防止するための措置を緊急に講ずる必要があると認める場合で,銃器を使用した駆除をする以外に方法がなく,他人の生命身体に危害を及ぼすおそれがないときは,「住居」等の付近において当該危険鳥獣について銃猟をすることができる
とし(法第34条の2第1項),
緊急銃猟として実施する行為については,法第38条等を適用しない。
などとなりました(同条第5項)。
改正法案は内閣が提出し(閣法),2025年4月10日,衆議院で賛成多数で可決され,参議院でも同月17日に賛成多数で可決成立し,同月29日,公布されたのですが(緊急銃猟の定めが施行されるのは,公布の日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日となります。),札幌高裁の判決の後,わずか半年あまりの短い期間で改正法が成立したのでした。
鳥獣保護管理法第38条の改正を求める意見は以前からあったようですが,ヒグマ等が市街地に出没することがいよいよ増加してきており,市街地での銃砲による駆除の必要性が大きくなっていたことが改正法が早期に実現した要因であると考えられます。
今回の鳥獣保護管理法の改正により,市街地に出没する危険鳥獣に悩む自治体と住民の方の安全,安心を確保するものと考えられます。
とはいえ,市街地で発砲する場合,実際には,上記の「他人の生命身体に危害を及ぼすおそれがない」との要件をクリアするのは案外難しいかもしれません。
A氏の件でも,裁判所の判断が分かれたのはこの危険性の有無の判断であったと考えられますので,実際の現場で,「危害を及ぼすおそれがない」との要件該当性の判断は微妙になるかもしれませんし,駆除の必要性,緊急性との兼ね合いもありますので,どのような場合に「危害を及ぼすおそれがない」といえるのかについて,実務的な積み重ねがされていくことになるのではないかと思われます。
さらにここで気になるのは,今回の法改正を受けて,A氏の裁判がどうなるかということです。
本件が最高裁に係属中であれば,最高裁も今回の法改正を考慮する可能性がありますし,そもそもA氏の発砲行為は,最低限の安全性が確保されていたとする余地があり,また発砲に至るまでの一連の経緯や駆除後の状況,さらには住民感情等を踏まえると,本件処分は社会通念に照らし著しく妥当性を欠いているとの評価は十分合理性があると考える余地があります。
最高裁の判断が注目されます。
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