裁判官のインサイダー取引疑惑
2024年10月24日
読売新聞(10月19日等)によると,金融庁に出向している裁判官が株式公開買付(TOB)などを審査する立場を悪用し,職務で知った株式公開買付の未公開の情報をもとに,対象企業の株式を本人名義で売買した疑いで,証券取引等監視委員会が調査をしているとのことです。
金融商品取引法は
当該公開買付者等に対する法令に基づく権限を有するものは,当該権限の行使に関し(公開買付等の実施に関する事実等を)知ったときは,公開買付等の実施に関する事実等の公表がされた後でなければ,当該公開買付等に係る上場株式等に係る買付等をしてはならない
としています(第167条1項3号)。
調査を受けた裁判官は,金融庁の企画市場局企業開示課の課長補佐という立場であったそうですので,自身が金融商品取引法における「当該公開買付者等に対する法令に基づく権限を有するもの」に該当することは当然ご存じだったと思われます。
現在証券取引等監視委員会による調査中であり,断定的なことはいえませんが,仮に裁判官がこのような禁止行為に及んだのであればそのこと自体驚きですし,まして他省庁に出向するような裁判官は,一般的には裁判官の中でも将来を嘱望されていると考えられますので,そのようなエリート中のエリートがインサイダー取引をしかも本人名義でしていたのであれば大変驚くべきことです。最高裁の人事局長さんは,「裁判官であった者が,金融庁への出向中にインサイダー取引の疑いで調査を受けていることは遺憾だ」とのコメントを出しましたが,最高裁もよもや裁判官がこのような疑惑で調査を受けることになるとは考えていなかったと思います。
なお,裁判官が金融庁に出向するには,いったん検事に任命され,その際「金融庁に出向させる」及び「東京地方検察庁検事に併任する」との辞令を受けることになります(そのため人事局長さんのコメントでは「裁判官であった者」とされていると思われます。)。
調査を受けた裁判官は本年4月に金融庁に出向したそうですが,本年4月1日付で検事に任命されて金融庁に出向した裁判官は5名おられるようですので,そのうちのお一人であると考えられます。
検事についても,近時,取調べの中で被疑者に対して「ガキ」とか「お子ちゃま的発想」などと発言したことが被疑者の人格権を侵害したなどとして国に対して賠償を命じた事案がありました。取調べ検事は供述を引き出せないことでいらだっていたのかもしれませんが,「ガキ」等の発言が供述を引き出すものでないことは明らかですし,そもそも録音録画がされているのにこのような発言をしたことも不思議というほかありません。
裁判官にしても検察官にしても,一部で質の劣化が進行しているのかもしれません。
輪軸不正
2024年10月11日
日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)は,2024年9月10日,輪軸組立作業に不正があったとして,全国3か所の車両所所属の貨車等600両以上等の運用を停止し(9月12日リリース),そのため,物流に大きな障害が発生しました。
輪軸は,車輪や大歯車などを車軸(円柱形)に圧入して組み立てたもので,車軸の外径よりわずかに小さい内径の穴が中心にある車輪や歯車を嵌め合わせて両者を締結する圧入作業を行って形成します。
この圧入作業については,日本産業規格(かつての日本工業規格)(JIS E4504)により,圧入力の値が「上限基準値の+10%以内」という基準が定められているところ,JR貨物は,圧入力がこの基準値の上限を超えていたのに,検査結果データを基準値内のデータに差し替えて,検査を終了させていたとのことです。
JR貨物は,本年7月24日に発生した山陽線新山口駅構内で発生した貨物列車脱線事故を受けて,関西支社広島車両所で輪軸組立作業の確認をしたのですが,その際,社員が輪軸の不正を申告したことで今回の不正が発覚しました。なお,新山口駅で脱線した車両にも検査結果データが差し替えられた輪軸が搭載されていましたが,脱線の原因は調査中とのことです。
国土交通省は,JR貨物の輪軸不正を受けて全国の鉄軌道事業者(156事業者)に対し,鉄道車両における輪軸の緊急点検を指示した結果,圧入力値が社内の規定等から逸脱している等の不適切な事案が判明した事業者は,9月30日の時点で計91事業者,そのうち改ざんが確認された事業者は計50事業者でした(9月30日リリース)。
多くの事業者が圧入力値を逸脱させていただけでなく,改ざんも行っていたようにもみえますが,改ざんが確認された事業者(計50事業者)のうち,自ら改ざんを行った事業者は,JR東日本,JR貨物,東京地下鉄の3事業者(但し,東京地下鉄の組立作業をしたのはグループ会社のメトロ車両株式会社)であり,それ以外の事業者は,輪軸の組立作業を委託していた京王重機整備(26事業者),総合車両製作所(27事業者)による改ざんでした。
よもや各社が連絡をとりあって,他もやっているから自分のところでもやろうと考えたとは思われませんので,複数の事業者が他社の動向とは関係なしに同時に同様の不正をしていたことになります。これは,ちょうど我が国の自動車メーカーがこぞって自動車の型式認証の不正をしていたことを想起させるものといえます。
JR貨物の内部調査の結果,作業員から「作業に失敗するとコストが増える。部品が廃棄になってしまうのが気になる」との声が聞かれた(日経新聞9月13日)とのことですが,そのような動機とともに,納期を守るため,再作業等の手間を省きたかったという事情もあったのではないでしょうか。
また,広島電鉄のリリースには,「2018年以前に圧入した輪軸について,規定値超過の場合は,車軸の超音波探傷試験結果で問題なければ”良”と判断し,規定値未満の場合は,圧入状態に異常がなければ”良”と判断していたと考えられます。」(9月24日リリース)とされていることから,圧入力値が基準を超えていたとしても,超音波検査の結果で安全性が確保されており問題ないと勝手に判断していたとも考えられます。
しかし,日本産業規格(JIS規格)は,高度の品質を担保するものであり,規格の定める基準に適合しないこと自体正当化することはできませんし,ましてや検査結果データを基準値内のデータに差し替えるなどあってはならないことです。 我が国のメーカーで相次いでいる不正の数々は,物作りに対する誠実さが失われてしまったことを示すものと思います。
そうなると日本が再び物作りで世界の信頼を得るとともに競争力を高めるためには,現場が不正に手を染めることなく,「正しい」品質の製品を作り出せる体制を整えるべき必要があると思われます。
JR九州高速船の浸水隠し
2024年9月26日
JR九州(九州旅客鉄道株式会社)の子会社であるJR九州高速船株式会社(以下,「高速船社」といいます。)は,2024年9月17日,国土交通大臣から,福岡と韓国・プサン間で運航させていた高速船「QUEEN BEETLE」(以下,「ビートル」といいます。)に浸水が発生したのにその報告を怠り,運航を継続したなどとして,「輸送の安全の確保に関する命令」(海上運送法19条2項)及び「安全統括管理者及び運行管理者の解任命令」(同法10条の3 7項)を受けました。
報道によると,国土交通大臣が安全統括管理者等の「解任命令」を発出したのは今回が初めてだそうです。
このような重い処分が出されるまでの経緯はJR九州のリリース等によると次のようなものでした。
高速船社は,昨年の2023年2月11日,ビートルの船首区画に浸水が発生していることを確認しましたが,九州運輸局等への報告をせずに応急措置をして運航を継続させました。
高速船社は,同月14日,九州運輸局に修理計画等の説明をし,同局から臨時検査の受検,検査結了までの運行停止を指示されたことから,同月末までにドックに入渠させ修理を行い,その後ビートルを運航を再開しました。
国土交通大臣は,同年6月23日,高速船社が浸水の事実を九州運輸局等に報告しないまま2月14日まで運航を継続させたことなどに関し,「輸送の安全の確保に関する命令」を発し,これに対し,高速船社は,改善報告書を提出しました。
高速船社は,2024年1月4日,再びビートルの浸水を確認したことから,九州運輸局にその旨報告し,同月12日,同局から運行停止と臨時検査の受検の指示を受け,検査を受検後の同月25日運行を再開しました。
ところが,翌月の2月12日,高速船社は再びビートルに浸水を確認しましたが,この事実を九州運輸局に報告しませんでした。
また,航海日誌,メンテナンスログ等に異常なしと記載してビートルの運航を継続させ,さらに5月27日,浸水量がさらに増加していることを確認したのですが,浸水警報が鳴動しないようにするため警報センサーの位置を上部にずらしてビートルの運航を続けました。
しかし,同月30日,浸水量がさらに増加して浸水警報が発動したことから,高速船社は,この時点でようやく,浸水の事実を九州運輸局に報告し,その日からビートルの運航を停止してドックに入渠させました。
高速船社は,同年7月,検査結了後にビートルの運航を再開させましたが,翌8月6日,国土交通省が高速船社を監査し,その際の乗務員や運行管理者への聞き取り調査の結果,2月の浸水の事実を報告していなかったこと等が発覚し,一連の不正が明らかとなりました。
JR九州は,8月13日,高速船社の社長を解任するとともに,9月3日,第三者委員会を設置して事実関係の解明や再発防止のための方策を検討するとしました。
9月17日の国土交通大臣の処分は,高速船社が本年2月12日に浸水を確認したにもかかわらず,5月30日までの間,長期間にわたり国土交通省への報告をしないまま運航を継続したことなどに対してされたものです。さらに報道によると,国土交通省への報告をしないまま運航の継続を指示したのは当時の社長だったとのことです。
ビートルは,福岡とプサンを約3時間40分で結ぶ高速船であり,多くの旅客に利用されています。このようなビートルが航行中に破滅的な浸水が発生した場合,大惨事になるところでしたので,安全を第一に考慮するべき高速船社としては,浸水を確認した時点で直ちに国土交通省に報告し,必要な修理を実施するべきでした。
特に高速船社は,前年もビートルの浸水の事実を報告しなかったことで処分を受け,「経営トップの抜本的な意識改革」,「社外関係機関への速やかな報告と相談改善」等を内容とする改善報告書を提出していましたので,同じ過ちを犯してはならない立場でした。それにもかかわらず,今回も浸水の事実を報告しなかったばかりか,航海日誌等に虚偽の内容の記載をしたり,警報センサーが作動しないように警報センサーの位置をずらす工作まで行ったというのであり,悪質さは際立っているといわざるを得ません。
安全統括管理者等の「解任命令」等の厳しい処分がされるのはむしろ当然といえます。
さらに事態が深刻なのは,国土交通省への報告をせずに運航の継続を指示したのが当時の社長であり,航海日誌等の虚偽の記載等についても認識していたとされることです。当時の社長が通常では考えられない指示をした理由はもちろん,高速船社のガバナンス体制,さらには親会社であるJR九州の高速船社に対する監督責任についても,JR九州が設置した第三者委員会の調査によりある程度明らかになるものと考えられます。
さて,ここで気になるのは,本年8月5日に国土交通省が抜き打ちで高速船社の監査を実施したいきさつです。
事実関係は不明ですが,国土交通省が思いつきでこのような監査をすることは考えにくいですし,監査をきっかけとして高速船社の不正が一気に明らかになったことから考えると,高速船会社の社員が,浸水の事実を報告しなかったことや一連の隠蔽工作を九州運輸局に通報していたと考えれば一連の流れが合理的に説明できるように思われます。
船の浸水は,乗客のみならず乗組員の生命身体の安全を脅かすものですので,高速船社の社員としては,当局に通報したくなるのは当然というべきです。
組織の不祥事は決して隠し続けることはできないと考えるべきです。
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