リニア工事と独占禁止法
2017年12月19日
12月11日のコラムで,リニア新幹線工事を巡る偽計業務妨害について触れました。その中で,発覚の端緒について関心があるとしましたが,「関係者によると,リニア建設工事を巡っては,公取委が今年3月頃,談合に関する情報をつかみ,特捜部に相談していた。だが,特捜部から「証拠が少ない」などと指摘され,強制調査などが見送られた経緯がある」とのことです(読売 12月19日付)。公正取引委員会がネタ元だったようですね。
ところで,東京地検(特捜部)は,18日,公正取引委員会とともにリニア新幹線工事を巡る事前調整の疑いで,鹿島建設株式会社,清水建設株式会社に対する捜索を行いました。
入札談合は「不当な取引制限」(独占禁止法2条6項)に当たり,このような「不当な取引制限」をすることは禁止されています(法3条)。この「不当な取引制限」の禁止は,法文上,発注者が国の機関,地方公共団体であろうと民間企業であろうと関係なく適用されることになります。ただ,これまで,民間企業が発注者である場合に独禁法違反で刑事責任が問われた例はないそうです。
ここで考えなければならないのは,民間企業であるJR東海が発注した工事を巡る入札談合が独禁法違反になるかということです。発注者が国や地方公共団体であれば,工事代金が税金でまかなわれる以上,自由な競争原理の元で定まる適正な価格で工事が行われるべきことに異論はありません。ですから,公共工事の談合は厳しく指弾されるべきです。
しかし,民間企業が発注者である場合は公共工事とは別に考えるべきなのではないでしょうか。つまり,民間企業は,経済的にペイすることを前提に計画を立て,予定価格を定めて入札を行います。ですから,予定価格ぎりぎりで落札されても,計画どおりというだけで特に問題ありませんし,仮に予定価格を大きく下回って落札された場合,発注者の資金繰りに余裕が出るだけでしょう。予定価格ぎりぎりで落札されたために運賃が計画より高くなることは考えにくいところです。仮に運賃が高いのであればリニアを利用しなければいいだけですし,代替手段として東海道新幹線もあるわけです。さらに運賃が高いために利用者が少ないというのであれば,JR東海としては,運賃を下げるなどの対応をとることになるはずです。さらに,落札価格が予定価格より低くなったからといって,その分運賃を当初の計画より低くするということも考えにくいところです。
今回の件については,「不正な入札によって競争がゆがめられ,工事費が高く設定されれば,そのツケは鉄道の利用者が払うことになる。」(日経 12月19日付社説)との論調が目立ちますが,そう単純ではないと思います。
つまり,発注者が民間企業の場合,国等の公的機関が発注者の場合とは前提が大きく異なりますので,本件のような入札談合において可罰的違法性が認められるかについては慎重な吟味が必要です。なお,公正取引委員会事務総局が作成した「入札談合の防止に向けて」と題する冊子(平成29年10月版)をみても,発注機関として「国の機関,地方公共団体,政府出資法人等」とありますが,「民間企業」は明記されていません。
ところで,今回,東京地検が鹿島建設,清水建設に捜索に入った直接のきっかけは,大林組による独禁法の自主申告(法7条の2 10項)だそうです(読売新聞 12月19日付)。大林組を含めゼネコン4社は,いずれも事前調整を否定していたとのことですが,大林組は,公正取引委員会に対し,一転して事前の受注調整をしたことを認め,独禁法のリーニエンシーの適用を求めて一抜けしたわけです。大林組としては,東京地検により偽計業務妨害による捜索を受けたことから,独禁法によるリーニエンシーを受けるかどうか究極の判断を迫られていたと思います。
もちろん,本件が独禁法違反に問われるか否か微妙ではありますが,万が一独禁法違反とされる場合に備えて自主申告したとすれば,大林組の有事対応は興味深いものがあります。
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