吉本興業の危機管理能力
2019年7月27日
吉本興業の芸人さん(宮迫博之氏,田村亮氏ら)が,事務所を通さずに振り込め詐欺グループが関与するパーティーに出演したこと等で処分を受け,さらに,宮迫氏との契約(吉本興業は「マネジメント契約」と表現しています。)を解消しました(令和元年7月19日)。
そうしたところ,7月20日,宮迫氏と田村氏が記者会見を行い,そこで,吉本興業の岡本昭彦社長らとの面談の際,宮迫氏らが会見を開きたいと希望したのに対し,岡本社長らから,「記者会見はさせるつもりはない」,「お前らテープ回してないだろうな。」,「(会見をするなら)お前辞めて一人ですればいい。そうしたら,連帯責任で全員首にするからな。それでもいいなら会見をしろ。俺にはお前ら全員首にする力がある。」などと言われたと明らかにしました。この会見を受けて,吉本興業は,7月22日,岡本社長らが会見を行い,そこで,宮迫氏らに対する処分を撤回するとともに,一連らの問題の責任をとるとして,岡本社長と大﨑会長の報酬を1年間50%カットする処分を行うと発表しましたが,逆に大バッシングを受ける事態に陥ってしまいました。
この一連の流れは,昨年発生した日大アメリカンフットボール部の違法タックル問題での日大の迷走と重なっていました。
日大の件は,アメリカンフットボールの交流戦で,日大選手が相手選手に対して「これまで見たこともないレベル」の反則行為を行ったことがネットで騒がれ始めたものの,大学側はこれといった対応をしないうちに,反則行為をした選手が独自に顔出しの会見を開き,当該反則行為は,監督とコーチの「(相手のQBを)潰してこい」との指示によるものだったと公表したのでした。この会見を受けて,監督とコーチが釈明の会見をしたものの,理解が得られるような内容でなかったことに加え,司会者が会見を一方的に打ち切ると言い出すなどしたため,大荒れになってしまい,「危機管理の典型的な失敗事例として記憶される」(日経新聞コラム)と評されるものになってしまいました。
今回の吉本興業の一連の対応も,問題発覚後タイムリーな反応をしない→当事者が実情を公表→準備不足のまま釈明会見→炎上という点で,昨年の日大の場合とよく似ています。
宮迫氏らに対する処分をした理由も,処分を撤回するとした理由もよく分かりませんでしたし,問題の原因の究明や改善策も不明のままでしたので,全く釈明の会見になっていなかったといわざるを得ません。その意味で,今回の吉本興業の対応は泥縄式であり,緊急事態における他の失敗例を教訓にした備えをしていなかったといわざるを得ません。
今回の吉本興業の件では,危機対応のまずさという点はもちろんですが,そもそも論として,吉本興業と所属する芸人さんとの契約関係の曖昧さが根本問題としてあるように思われます。
すなわち,吉本興業は多数の芸人さんを抱えているにもかかわらず,明確な契約書面をとりかわしていないというのです。現代社会では,契約書を作成するのは当たり前であり,労働契約であれば労働契約書,業務委託契約であれば業務委託契約書を作成し,権利義務関係を明確にすることが常識となっています。ところが,吉本興業の場合,芸人さんとの間で書面を取り交わしていなかったのは現代の契約社会にあって極めて前近代的というほかありません。
岡本社長の言い方によれば,会社が親,芸人さんたちは子どもとのことですから,本来ビジネスであるべき芸人さんとの法的な権利義務関係をあいまいなままにしておき,「家族」意識を植え付けて,盲目的服従を迫るという構造だったのだろうと思います。その上で,会社の方針に刃向かう者には(今回の宮迫さんらのように),「そうしたら,連帯責任で全員首にするからな。それでもいいなら会見をしろ。俺にはお前ら全員首にする力がある。」といった発言が当たり前のように出てきてしまうわけです。
これは企業風土というものであり,おそらく会社設立以来の伝統なのではないかと想像します。その意味で,この風土を改めることは相当の困難が伴うと考えられますが,今回の問題を受けて,この風土を変えていかなければ,再び不祥事が発覚したとき,同じような失敗をくり返すおそれがあります。
吉本興業がこれからもお笑い業界のトップを走るのか,それとも再び問題を起こして社会からバッシングを受けるのかの岐路に立たされていることは間違いありません。
芸人さんと反社会的勢力
2019年7月20日
吉本興業等に所属していた芸人さんが,事務所を通さずに「反社会的勢力」(振り込め詐欺グループ)が関与するパーティーに出演したり,暴力団関係者が同席していたパーティーに参加していたことが発覚した問題で,芸人さんが事務所から厳重注意や無期限謹慎処分を受けていましたが,事務所が芸人さんとの契約を解消する事態にまで発展しております。
ここでいう「反社会的勢力」とは,「暴力団,暴力団関係企業,総会屋若しくはこれらに準ずる者またはその構成員」であり,具体的には,
(1) 暴力団
(2) 暴力団関係企業
(3) 総会屋等
(4) これらに準ずる者
① 暴力団準構成員
② 会社ゴロ
③ 社会運動等標ぼうゴロ
④ 特殊知能暴力集団等
⑤ その他(密接交際者等)
となります。
また,近時,「準暴力団」も反社会的勢力に付け加えられました。
振り込め詐欺グループは,上記の「特殊知能暴力集団」((4)④)に該当することになります。
全ての都道府県で制定されている暴力団排除条例では,反社会的勢力の活動を助長する活動をした場合,当局から,指導,勧告,公表の処分がされる可能性があります。企業や個人が反社会的勢力と関係があると公表された場合,銀行取引が停止されたり,建設業であれば許可が取り消されるなどしますし,何より社会的評価が大きく毀損されますので,社会的,経済的活動にとって致命傷となってしまいます。ですので,暴排条例が全都道府県で制定され,反社会的勢力排除の機運が高まっている現状では,反社会的勢力との関係遮断は極めて重要であり,関係遮断を実効化するため,予め契約書に自分が暴力団等の反社会的勢力ではない旨を表明すること,その表明に違反したことが判明した場合,無催告に契約を解除できることなどを定めた反社条項を盛り込むことが一般的になっています。
ところで,今回の振り込め詐欺グループのパーティーに等参加した芸人さんですが,相手が反社会的勢力あるいはその関係者であることを知った上で出演したかどうかが問題になると思います。
この点,同じ吉本興業に所属していた大物芸人さんは,人気絶頂だった平成23年,暴力団関係者との交際を理由に,一発で引退に追い込まれ,現在も表舞台に立つことが許されていません。彼の場合,報道によれば,有力な暴力団の幹部と昵懇で,いわゆるケツ持ちであることを公言していたといわれています。かつて,芸能界と暴力団は強い結びつきがあったと言われていますが,今はそれが許される時代ではないのです。彼は,引退会見の際,「この程度で引退せざるを得ない」と悔しさをにじませていましたが,反社会的勢力との交際は,「この程度」といって済まされるものではないのです。
これに対し,今回の芸人さんは,参加したパーティーに反社会的勢力が関係していたとは知らなかったと言っているそうですが,相手方が反社会的勢力かどうかを確認するための一番手っ取り早い方法は,インターネット上の情報です。警察は,暴力団関係者を摘発した場合,その氏名,年齢,住所をマスコミに情報提供することになっていますので,マスコミ報道を通じてネットに情報が載る可能性はあります。しかし,ネット情報で反社会的勢力であることを確認できることは,実際はそれほど多くはないと思います。
銀行,保険,宅建業者等であれば,各業界で独自のデータベースが構築されていますので,それに照会することもできますし,最終的には,警察に対し,一定の要件の下で反社チェックを依頼することも可能です。
そうはいっても,反社チェックが簡単ではなく,また確実でないことも事実です。
そこで大事になるのは,反社チェックで引っかからずに契約等をしたものの,後から反社会的勢力であることが判明した場合,速やかに契約を解除し,関係を遮断できるようにしておくことです。そのため契約書に反社条項を盛り込んでおくことが重要であり,そうしておけば,契約後に反社会的勢力であることが分かったとしても,当該条項を使って契約を解除することができますし,解除すべきといえます。ですので,契約後に反社会的勢力であることが分かった場合は,可及的かつ速やかに関係を遮断すべきであり,もし不安であれば,遠慮なく警察や弁護士に相談すべきです。このような対応をせず,ずるずると関係を継続してしまうと,反社会的勢力と関係を有する企業,業者とのレッテルが貼られてしまい,企業存続に致命的な悪影響を生じさせます。
今回の芸人さんの場合,パーティーの主催者が反社会的勢力だったことや,参加者に暴力団関係者がいたことまでは本当に知らなかったのだろうと想像します。その点で気の毒なところはありますが,事務所を通さず闇営業で出演したことがこのような事態を招いたといえ,その点では脇が甘いと指摘されるのはむしろ当然と思います。
人気商売の芸人さんですから,お声がかかれば喜んで出演してしまうのでしょうが,芸人さんといえども,いったん立ち止まって大丈夫かどうか確認する慎重さが必要となります。
債権法改正(法定利率の変更)
2019年5月8日
本日(令和元年5月8日)の官報に,「民法第404条第3項に規定する期及び同条第5項の規定による基準割合の告示に関する省令」が掲載されています。
この省令は,法定利率に関する,改正民法の第404条3項,5項に定める「法務省令」のことであり,
第1条 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行後最初の期(民法第404条第3項に規定する期をいう。以下同じ。)は,令和2年4月1日から令和5年3月31日までとする。
第2条 民法第404条第5項の規定による基準割合の告示は,各期の初日の1年前までに,官報でする。
と定められています。
法定利率に関しては,現行法では,「利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは,その利率は,年5分とする。」(404条)と定められており,年5%に固定されています。
しかし,改正民法では,これを大きく変更し,
① 改正民法施行時点での法定利率を3%とする(改正民法404条1項,2項)。
② 法務省令で定めるところにより,3年を一期として,一期ごとに法定利率を一定のルールに基づいて変動させる(同条3項)。
③ 変動の指標となる利率は,法務省令で定めるところにより,各期の初日の属する年の6年前の年の1月から前々年の12月までの各月における短期貸付けの平均利率(当該各月において銀行が新たに行った貸付け(貸付期間が1年未満のものに限る。)に係る利率の平均をいう。)の合計を60で除して計算した割合とする(同条5項)。
④ 各期における法定利率は,法定利率に変動があった期のうち直近のもの(直近変動期)における基準割合と当期における基準割合との差に相当する割合(その割合に1%未満の端数があるときはこれを切り捨てる。)を直近変動期における法定利率に加算し,又は減算した割合とする(同条4項)。
と改められました。
つまり,
ア 現行民法の固定的な法定利息から,3年一期の変動制とする。
イ 変動のルールは,短期貸付けの平均利率(銀行の新規,短期(1年未満)の利率の平均)とし,過去5年間60か月の短期貸付けの平均値とする。
ウ 金利差が1%未満の端数は切り捨てられ,1%単位で変動させる。
ということです。
改正民法では,上記の②,③のとおり「法務省令で定めるところにより」とされており,それを具体化する省令が本日公布された法務省令ということになります。
このような省令が公布されますと,改正民法の施行がいよいよ間近に迫っていることを実感させられます。
ところで,この省令が公布された官報の号数は,「第2号」です。
官報は,改元があると番号がリセットされる取扱いですので,平成31年4月26日に発行された平成時代最後の官報は「第7497号」が最終号となり,本年5月7日発行の令和時代最初の官報が「第1号」となります(官報は日刊ですが,原則として,行政機関の休日は休刊です。)。
また,法令(憲法改正,詔書,法律,政令,条約,内閣官房令,内閣府令,省令等)は,官報で公布されることになっています。
官報及び法令全書に関する内閣府令では,官報は,憲法改正,詔書,法律,政令,条約,内閣官房令,内閣府令,省令等を掲載するものとする旨定められていますが,法令の公布方法についての定めはありません。
明治憲法下では,法令の公布の方法について,「公式令」により,法令の公布は官報をもってする旨定められていたのですが,この公式令は,日本国憲法施行と同時に廃止され,それ以降,公式令に代わるべき法令公布の方法に関する一般規定は定められていません。
そのため,現状では,法令の公布方法に関する成文の規定はないのです。
ただ,裁判所は,
公式令廃止後の実際の取扱としては,法令の公布は従前通り官報によってなされて来ていることは上述したとおりであり,特に国家がこれに代わる他の適当な方法をもって法令の公布を行うものであることが明らかな場合でない限りは,法令の公布は従前通り,官報をもってせられるものと解するのが相当であって,たとえ事実上法令の内容が一般国民の知りうる状態に置かれえたとしても,いまだ法令の公布があったとすることはできない。
としました(最高裁昭和32年12月28日大法廷判決)。
さらに,裁判所は
当時一般の希望者が右官報を閲覧し又は購入しようとすればそれをなし得た最初の場所は,印刷局官報課又は東京都官報販売所であり,その最初の時点は,右二ヶ所とも同日午前8時30分であったことが明らかである。
してみれば,以上の事実関係の下においては,本件改正法律は,おそくとも,同日午前8時30分までには,前記大法廷判決(注 最高裁昭和32年12月28日大法廷判決)にいわゆる「一般国民の知り得べき状態に置かれ」たもの,すなわち公布されたものと解すべきである。
としました(最高裁昭和33年10月15日大法廷判決)。
これらの判例法により,法令の公布の方法は官報によってされること,公布の時間は官報発行日の午前8時30分とすることが認められており,これに基づいて法令の公布がされています。
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