新幹線の台車の亀裂 その4 リニアを救った車掌らの判断
2018年1月6日
JR西日本は,今月5日,昨年12月11日に発生した「のぞみ34号」の台車亀裂の件で,社長らが報酬返上をするとともに,鉄道本部車両部長に対する戒告の処分をしたなどと発表しました。ただ,車両に乗り込んだ車両保守担当社員や司令員などの現場の担当者に対する処分はされませんでした。JR西日本は,本件を振り返っての課題として,「車両保守担当社員と司令員は運行停止に関する判断を相互に依存する状況であった」ことなどを指摘していますが,異音やにおいの原因がはっきりしない中で,車両の点検をする判断はだれであっても難しいところであり,それを理由に処分をするのは結果責任を問うに等しいといえると思います。
さて,そうなると注目したくなるのが,「のぞみ34号」を止めて名古屋駅での点検を実施したJR東海の判断と決断です。
JR東海の車掌は,新大阪駅で,JR西日本の車掌から,13号車でにおい等が発生し,車両保守担当社員が点検したものの,走行に支障がなく運転継続である旨の引き継ぎを受けていましたが,京都駅発車後,13号車付近でにおいがするということで,司令員にその旨を連絡し,司令員が名古屋駅での点検を指示したということのようです。
名古屋駅で発見された台車の亀裂は台車枠に大きなコの字型の亀裂が入っており,亀裂があと3cm伸びれば台車が破断するおそれがありました。名古屋~東京間は営業キロで366km(実キロは,これより若干短くなります。)ですので,「のぞみ34号」がそのまま運行を続けていたとしたら,途中で13号車の台車が破断し,後続の12号車以降の車両の台車を破壊するなどして脱線転覆させるといった大惨事を引き起こしたかもしれません。さらには転覆した車両が下りの線路もふさぎ,下りの新幹線も巻き込んで,脱線転覆させればさらに被害が拡大するところでした。そうなれば,JR東海は,福知山線事故の際JR西日本が受けたダメージよりはるかに大きなダメージを受けたであろうことは容易に想像されます。しかも,折からリニア新幹線の工事に絡んで捜査がされている状況でしたので,このような大惨事が発生した場合は,リニア新幹線の工事にも何らかの影響が生じることも考えられます。
こうしてみると,「のぞみ34号」の車掌や司令員の判断と決断は,目前に迫っていた重大な危機を見事に回避したことになります。JR東海は,「のぞみ34号」の運転を打ち切るまでの経緯についての詳細は明らかにしていませんが,おそらく,わずかな異変でも見逃すことなく,ダイヤ乱れを生じさせても安全ファーストに徹するとの意識が社員に浸透していたのではないかと想像します。たとえ,結果的にダイヤの乱れを生じさせたとしても,必要な点検や確認をして安全ファーストの判断が優先されるとの制度や運用が企業風土にまで昇華されるようになることが重要であると思われます。
新幹線の台車の亀裂 その3
2017年12月28日
JR西日本は,27日,東海道山陽新幹線「のぞみ34号」が台車に亀裂が入ったまま運行を続行した件で,調査結果を公表しました。
調査結果によると,「のぞみ34号」で異音やにおいがあったことから,指令員の指示で車両保守担当社員3名が岡山から乗車しましたが,その車両保守担当社員は,司令員に「においはあまりしない」「音が激しい」「床下を点検したいんだけど」と伝えました。車両保守担当社員は,指令員の「走行に支障があるのか」との質問に,「そこまではいかないと思う。見ていないので現象が分からない」と回答し,さらに「安全をとって新大阪で床下(の点検)をやろうか」と言ったのですが,指令員は,別の指令員に状況の報告をしていたため,この提案を聞くことができませんでした。
車両保守担当社員は,「のぞみ34号」が新神戸で停車した際,車外から13号車を確認したものの異臭を感じることはなく,また,車体とホームの間を懐中電灯で照らして目視で確認しましたが異常は感じられず,新神戸発車後,指令員から「走行に支障があるという感じはないか」と質問されたのに対し,「判断できかねるんで,走行に異常がないとは言い切れないかな」「音が変わらず通常とは違う状態であることは間違いないと思います」と回答しました。このようなやりとりがありましたが,新大阪で点検をする判断は見送られてしまったのでした。
会社の聞き取りに対し,指令員は,「車両保守担当社員は車両の専門家であり,本当に危険性があればそのように伝えてくる,点検が必要であればはっきりとその旨を伝えてくると思っていた」とし,車両保守担当社員は,「司令員がどこで点検するのか等調整してくれていると思っていた」と回答したとのことです。
この調査結果から,司令員と車両保守担当社員が最終判断の責任を他方に求めようとしていたことに気づきます。
東海道山陽新幹線は,非常にタイトなダイヤとなっており,少々の停車時間の超過でも,他の列車のダイヤに影響を与え,多くの乗客に迷惑をかけてしまいます。そのため,運行に支障を生じさせる判断は簡単ではないと思います。しかし,車両保守担当社員は,「走行に異常がないとは言い切れない」と考えていたわけですから,もっと明確にその旨いうべきでしたが,断定的に言わず,「・・・走行に異常がないとは言い切れないかな」と語尾を濁してしまいました。また,司令員も普通ではない事態が起きていることを感じていたはずですが,車両保守担当社員が断定しないことを理由に,最終的な判断を回避しました。おそらく,司令員や車両保守担当社員の共通していたのは,新幹線の運行に支障を生じさせてはならないという重圧です。彼らはこの重圧の下,「不都合な事実は起きないはずだ」とのバイアスが生まれ,判断を回避したのではないでしょうか。
そうすると,この重圧を取り除く,あるいは軽減するための制度的保障が大事であると思います。つまり一定の事情により点検等が必要と認められる場合は列車を止めて点検することとし,その結果運行に支障がないことが確認できたとしても,司令員等に不利益が科せられないことを明確化する必要があるのではないでしょうか。既にマニュアル等で明確化されているかもしれませんが,運用面でも保証されなければ,実戦で活かすことが難しいと思います。
マンションの理事長の解任
2017年12月26日
今月18日,最高裁判所は,マンションの理事長を理事会の決議により解任することができるとの判断を示しました。
マンションの管理に関する事項は,区分所有法のほか「規約」で定めることができるとされ(区分所有法30条),国土交通省から「マンション標準管理規約」(以下,「標準管理規約」)が示されています。全国のマンションの多くは,この標準管理規約に準拠しているといわれています。この標準管理規約ですが,①管理組合にその役員として理事長及び副理事長等を含む理事並びに監事を置く(標準管理規約(単棟型)35条1項)。②理事及び監事は,組合員のうちから総会で選任し(同条2項),理事長及び副理事長等は,理事の互選により選任する(同条3項)。役員の選任及び解任については,総会の決議を経なければならない(同48条13号)などと定められており,本件で問題となったマンションの規約もこれと同様の定めがされていました。
本件のマンションでは,理事長が,理事会決議を経ないまま,他の理事から総会の議案とすることを反対されていた案件を諮るため,理事長として臨時総会の招集通知を発したことから,他の理事が反発し,理事会においてこれまでの理事長を解任し,新たな理事長を選任する旨の決議がされました。ただ,規約には,理事長を解任する明確な定めがなかったため,解任決議の有効性が問題になりました。
この点,一審,二審とも,規約に理事長の解任に関する定めがなく,選任に関する規定(本件マンションの規約の「40条3項」で,標準管理規約(単棟型)35条3項に相当します。)は,解任する根拠にならないとして,解任決議を無効としました。この場合,総会で理事を解任すれば,理事長の地位も喪失することになります。
これに対し,最高裁は,本件マンションの規約の40条3項について,「理事の互選により選任された理事長について理事の過半数の一致により理事長の職を解き,別の理事を理事長に定めることも総会で選任された理事に委ねる趣旨と解するのが,本件規約を定めた区分所有者の合理的意思に合致するというべきである。」として,理事長を解任する決議を有効としました。
理事を総会で選任し,選任された理事の互選で理事長を選任するという構造は,会社法における取締役と代表取締役の関係と似ています。しかし,会社法は,代表取締役の「解職」を取締役会の権限と明記しています(会社法362条2項3号)。会社法と同様,標準管理規約に理事長の解任に関する定めがあれば,今回のマンションのような問題は起きませんでした。弁護士的な発想からすると,理事会で理事長を選任するのであれば,解任もできる旨の定めをしておくのがあたりまえのように思います。標準管理規約に理事長の解任についての定めがない理由は実はよくわかりません。
いずれにせよ,マンションの自律的かつ迅速な運営の点からすれば,総会ではなく,理事会で理事長を解任することができるとした方が適当であると思います。その意味で,最高裁は,文理解釈上やや困難であるものの,形式にとらわれない判断をしたといえます。
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