東京都知事の休業要請
2020年4月10日
安倍晋三首相(政府対策本部長)は,本年4月7日,新型インフルエンザ対策特別措置法(以下,「特措法」といいます。)に基づいて,東京都,千葉県,埼玉県,神奈川県,大阪府,兵庫県,福岡県の7都府県を区域とする緊急事態宣言を公示しました。この緊急事態宣言を受けて,翌日から,多くのデパートや大規模商業施設等は休業しました(一部のデパートは食料品売り場のみ営業しているものもあります。)。
ところで,緊急事態宣言が公示されると,都道府県知事は,住民に対する外出制限(特措法45条1項)や,学校等に対し,施設の使用や催物の開催の制限や停止等を要請することができます(特措法45条2項)。
知事が使用等の制限(休業)の要請ができるのは,学校の他,
劇場,観覧場,映画館又は演芸場(特措法施行令11条4号)
百貨店,マーケットその他の物品販売業を営む店舗(食品,医薬品等の売場を除く。)(同7号)
キャバレー,ナイトクラブ等の遊興施設(同11号)
理髪店,質屋等のサービス業を営む店舗(同12号)
などですが,上記の施設のうち,使用等の制限の要請が可能なのは,いずれも「その建築物の床面積の合計が千平方メートルを超えるものに限る。」とされています(特措法施行令11条但書)。なお,令和2年4月7日付厚労省告示により,上記の劇場等の一部施設は,床面積が1千㎡を超えないものでも使用制限の要請が可能となりました(令和2年厚労省告示第175号)。
この点,小池百合子東京都知事は,当初,デパートやホームセンターなどの商業施設,理美容業などのサービス業に対しても広く休業を求める方針だったようです。しかし,対象となる業種を絞るよう求めた政府との協議を経て,デパートやホームセンター,理容業を対象に含めない方針に変更しました。
そのうえで,小池都知事は,4月10日,特措法24条9項の規定(知事が,「新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるとき」,必要な協力の要請をすることができる。)に基づく要請をしたのでした。
したがって,既に休業を実施しているデパート等は,知事の要請がされないうちに休業を始めたことになります。
本来であれば,知事の要請があった後に休業の措置を決めるのが順序のようにみえますが,デパート等は,新型コロナウィルスのこれ以上の感染拡大を防ぐため,緊急事態宣言の公示を契機として,知事の要請前に休業の措置をとったものと考えられます。この判断は,企業の社会的責任という観点から説明することが可能といえるのではないでしょうか。
他方,特措法24条9項による要請か45条2項による要請かにかかわりなく,要請がされた場合の対応をどのようにするべきでしょうか。
もちろん,いずれも「要請」であり強制力を伴うものではありませんので,「要請」の対象となった業種の営業主は,独自の判断で営業を継続することが可能です。
しかし,仮に要請に従わずに営業を継続したとして,そこがクラスターの発祥地になってしまった場合はもちろん,感染がますます拡大していった場合,営業継続と感染拡大との因果関係が不明であったとしても,大きな社会的非難を受け,新型コロナウィルスの感染が終息した後の事業継続に影響を及ぼす可能性があります。
厳重な消毒や飛沫拡散防止策等をとったとしても,営業継続は外出自粛要請の効果を減殺するともいえますので,結局,営業継続が非難の対象になるリスクは残ります。
こうしてみると,他の国のような強制力のない「要請」であっても,営業を休業するという選択が新型コロナ終息後の事業継続の観点からみてもっとも賢明でしょうし,何より新型コロナウィルスをこれ以上拡大させないという大目標のためにも,一定期間の休業が必要であると思われます。
新型コロナウィルスによる緊急事態宣言
2020年4月7日
新型コロナウィルスの感染拡大が止まりません。
一昨日(4月5日)には,東京都で新たに感染が確認された人が140人を超えてしまいました。ニューヨーク市での感染拡大の状況と似ていますので,ここで感染拡大を押さえ込まないと,近日中に東京がニューヨーク市と同様の医療崩壊に陥ることさえあり得ます。
そうしたなか,政府は,本日,緊急事態宣言を出すようです。遅きに失したという観は否めませんが,これ以上の感染拡大を食い止めるため最後のカードを切ったということでしょう。
ところで,この緊急事態宣言ですが,新型インフルエンザ対策特別措置法(平成24年法律第31号)を根拠にしています(以下,「特措法」といいます。)。
特措法は,平成21年に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)の経験を踏まえ,平成24年に制定されましたが,特措法32条は,新型インフルエンザ等が国内で発生し,その全国的な急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし,又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるとき,実施期間,実施すべき区域,概要とともに,緊急事態が発生した旨の公示をすると定めています。そして,この「政令で定める要件」は,新型インフルエンザ等に感染し,又は感染したおそれがある経路が特定できない場合(第1号),新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由のある場合(第2号)とされています(特措法施行令6条)。
このたび,今回の新型コロナウィルスの感染拡大を契機として,特措法が改正され
新型コロナウイルス感染症(病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和2年1月に,中華人民共和国から世界保健機関に対して,人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるものに限る。)
も新型インフルエンザとみなすとされ(特措法附則第1条の2),期間の限定があるものの新型コロナウィルスにも特措法が適用されることになったのでした。
緊急事態宣言がされると,対象となる都道府県の知事は
生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる
とされます(特措法45条1項)。また,知事は,
学校,社会福祉施設,興行場その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者に対し,当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
とされ(特措法45条2項),場合によっては,「指示」をすることも認められています(特措法45条3項)。
しかし,これらはあくまでも「要請」やせいぜい「指示」であり強制力が認められているわけではありません。
特措法上一定の強制力が認められるのは,
① 「臨時の医療施設を開設するため,土地,家屋又は物資(土地等)を使用する必要がある」のに,土 地等の所有者等が「正当な理由がないのに同意をしないとき」などの場合,「同意を得ないで,当該土地等を使用することができる。」(特措法49条2項)
② 医薬品等の「新型インフルエンザ等緊急事態措置の実施に必要な物資」を生産等する所有者が,「正当な理由がない」のに「要請に応じないとき」は,「当該特定物資を収用することができる。」(特措法55条2項)
③ 上記医薬品等の物資を生産等する所有者に対し,医薬品等の保管を命ずることができる(特措法55条3項)。
だけです。
今回の新型コロナウィルスの感染拡大により,ロックダウン(都市封鎖)が取りざたされますが,特措法では,ロックダウン(都市封鎖)をすることまでは認められていません。
なお,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症予防法)には,
都道府県知事は,一類感染症のまん延を防止するため緊急の必要があると認める場合であって,消毒により難いときは,政令で定める基準に従い,72時間以内の期間を定めて,当該感染症の患者がいる場所その他当該感染症の病原体に汚染され,又は汚染された疑いがある場所の交通を制限し,又は遮断することができる。
として,一定の要件の下でのロックダウン(都市封鎖)を実施することを認めています(第33条)。今回,新型コロナウィルスも感染症予防法の「感染症」に加えられ(令和2年政令第59号),感染症予防法によるロックダウンも可能なのですが(令和2年政令第60号),最大72時間という制限付ですので,感染症予防法によっても,欧米で実際されているような長期間の都市封鎖を行うことはできません。
このように,特措法における緊急事態宣言には国民生活を直接制限する強制力に乏しいといえます。
とはいえ,感染拡大を食い止めるためには,国民や企業がそれぞれ適切な対応をとる必要があることはいうまでもありません。
同一労働同一賃金の施行
2020年4月2日
民法の改正債権法が施行された本年4月1日,働き方改革関連法においても,同一労働同一賃金を定めた部分が施行されました(但し,本年から適用になるのは大企業のみであり,中小企業における適用は令和3年4月1日からです。)。
なお,同じ働き方改革関連法では,長時間労働の是正,多様で柔軟な働き方の実現等の部分が大企業について適用されていましたが,本年4月1日から,中小企業についても適用になりました。
さて,この同一労働同一賃金の点ですが,要するに,短時間・有期雇用労働者に関する同一企業内における正規雇用労働者との不合理な待遇の禁止に関し,個々の待遇ごとに,当該待遇の性質,目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨を明確化するものです。この改正に併せて,該当する条項をこれまでの労働契約法(同法第20条)から,「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」に移されました。
法は,同一労働同一賃金について,
事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において,当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。
と定めております(法8条)。
とはいえ,どのような場合に「合理的な相違」といえるのか必ずしも明確とはいえません。
この点,厚労省はガイドラインの中で
基本給が,労働者の能力又は経験に応じて支払うもの,業績又は成果に応じて支払うもの,勤続年数に応じて支払うものなど,その趣旨・性格が様々である現実を認めた上で,それぞれの趣旨・性格に照らして,実態に違いがなければ同一の,違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
昇給であって,労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについては,同一の能力の向上には同一の,違いがあれば違いに応じた昇給を行わなければならない。
役職手当であって,役職の内容に対して支給するものについては,同一の内容の役職には同一の,違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
そのほか,業務の危険度又は作業環境に応じて支給される特殊作業手当,交替制勤務などに応じて支給される特殊勤務手当,業務の内容が同一の場合の精皆勤手当,正社員の所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った場合に支給される時間外労働手当の割増率,深夜・休日労働を行った場合に支給される深夜・休日手当の割増率,通勤手当・出張旅費,労働時間の途中に食事のための休憩時間がある際の食事手当,同一の支給要件を満たす場合の単身赴任手当,特定の地域で働く労働者に対する補償として支給する地域手当等については,同一の支給を行わなければならない。
などとしています。
このように,ガイドラインには一定の判断基準が示されていますが,会社ごとにいろいろな名称,内容の給与や手当が支給されていることから,さらに細かく分析するには,これまでの裁判例を検討する必要があります。
この点,最高裁は,平成30年6月1日,同一労働同一賃金に関する2つの事件について判決をしました。
事件は,どちらも自動車運送事業をしている会社に関するものですが,一つは有期労働契約を締結している社員(契約社員)に関する事件(以下,「契約社員事件」といいます。),他は,会社を定年退職した後に有期労働契約を締結した社員(嘱託社員)に関する事件です(以下,「嘱託社員事件」といいます。)。
契約社員事件では,有期労働契約を締結している社員(契約社員)には,正社員に認められている無事故手当,作業手当,休息手当,住宅手当,皆勤手当及び家族手当の支給がなく,賞与及び対処金の支給並びに定期昇給も原則としておらず,また,交通手段及び通勤距離が同じ正社員と比較して,通勤手当の支給額が2000円少ないとの相違もありました。
この契約社員事件について,裁判所は,契約社員に無事故手当,作業手当,給食手当,皆勤手当を支給しないという相違や通勤手当の内容に差異を設けていたことが不合理であると判断しました。
嘱託社員事件の方ですが,無期労働契約を締結している社員には,基本給,能率給,職務給,精勤手当,無事故手当,住宅手当,家族手当,役付き手当,超勤手当,通勤手当,賞与を支給するとされているのに対し,会社を定年退職した後に有期労働契約を締結した社員(嘱託社員)には,基本賃金,歩合給,無事故手当,調整給,通勤手当,時間外手当を支給することなどが定められていました。
このような会社において,嘱託社員が,①能率給及び職務給が支給されず,歩合給が支給されること,②精勤手当,家族手当,役付手当が支給されないこと,③時間外手当が正社員の超勤手当より低く計算されること,④賞与が支給されないこと,が不合理であるなどとして訴えた事件について,裁判所は,精勤手当を支給しないことが不合理であるとしたほか,時間外労働(超勤手当)に係る相違は不合理であるとしましたが,その余の請求は認めませんでした。
このような裁判例の検討をもとに,賃金規定を整備する必要があります。
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