東海道新幹線の不通
2024年7月25日
東海道新幹線は,7月22日,保守用車両が衝突,脱線して線路をふさいだため,浜松・名古屋間の上下線が終日不通となり多くの旅客に影響を及ぼしました。
混乱の中,在来線を利用するなどして不通区間を突破した人もいれば,旅行を中止したり航空機を利用したりした人もいたそうですし,中にはホテルに宿泊することになった人もいたようです。
JR東海は,「東海旅客鉄道株式会社旅客営業規則」(以下,「規則」といいます。)で本件のような「運行不能」の場合の取扱いを定めています。
ここで7月22日に東京から大阪に旅行するため,東京・新大阪間の新幹線の乗車券,指定席券を持っている場合を考えてみると,本件では,
1 その日の旅行を中止する。
2 新幹線以外のJR線を使って大阪に向かう。
3 航空機を利用する。
などの方法を選択できます。
1のその日の旅行を中止する場合は,乗車券,新幹線特急券を駅に差し出して旅客運賃と料金の全額の払い戻しを受けたり(規則282条2項),有効期間の延長を申し出て別の日(ただし「開通後5日以内」との制限があります。)を指定し,指定した日に新大阪に向かうことが可能です(規則283条)。
2の新幹線以外のJR線を使って新大阪に向かうことも可能であり,これを「他経路乗車」(規則285条1項1号)といいますが,今回の場合であれば,
① 東京(東海道新幹線)浜松(東海道線)名古屋(東海道新幹線)新大阪
② 東京(中央線)新宿(中央東線)塩尻(中央西線)名古屋(東海道新幹線)新大阪
③ 東京(北陸新幹線)長野(篠ノ井線,中央西線)名古屋(東海道新幹線)新大阪
④ 東京(北陸新幹線)敦賀(北陸線・湖西線)新大阪
が主な迂回ルートとして考えられます。
ただ,規則では「他経路乗車」に関し,「旅客は,その乗車券に表示された着駅と同一目的地に至る他の最短経路による乗車をすることができる。」とされていますので(規則285条1項1号),今回で「他経路乗車」が認められるのは①と考えられ,それ以外のルートを選択する場合は,いったん乗車券,新幹線特急券の払い戻しを受け,改めて当該ルートの乗車券等を入手する必要があると考えられます。なお,①のルートで浜松から在来線で豊橋まで行き,豊橋から名鉄線に乗り換え,名古屋で新幹線に乗り換える方法もありますが(この場合,別に,名鉄線の運賃を負担することになります。),その場合は,「あらかじめ係員に申し出て不乗証明書の交付」を受けて,新大阪駅で証明書とともに乗車券を差し出せば,不乗区間に対する旅客運賃の払い戻しを受けることができます(規則287条)。
3の航空機を利用する場合は,1と同様乗車券等の払い戻しを受けて航空券を購入することになります。
このように,いくつかの選択肢がありますが,中にはやむなくホテルに宿泊した旅客がいたでしょうし,7月22日に予定していた商談ができなくなり,商談をすれば得られたであろう利益を得られなかったという損害を被った旅客もいたでしょう。
今回はJR東海の一方的な事情による不通ですので,JR東海に対し,JR線を迂回したり,航空機を利用した場合の新幹線の乗車券等の料金との差額,ホテル代や損害の賠償を請求することが可能であるようにもみえます。
しかし,運行不能が発生した場合について,規則は,「その原因が当社の責に帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず」,規則が定める「取扱いに限って請求することができる」と定めていますので(規則290条の3・1項),JR東海に対し,上記の費用等の請求をしても規則上認められません(請求しても拒否されます。)。
規則は,民法上の「定型約款」(民法548条の2以下)に該当し,JR東海の利用者は乗車券等を購入する時点で,定型約款である規則に定める個別の条項について合意したとみなされます(民法548条の2)。
もちろん,規則の定めが「相手方の権利を制限」するもので「相手方の利益を一方的に害する」ものとの評価がされれば,規則の個別の条項について合意をしなかったものとみなされます(民法第548条の2第2項)。
しかし,鉄道会社は,上記のような費用の支払いリスクを負わないことを前提に運賃の設定等をしているのであり,仮にリスクを負う可能性があるとなれば,運賃を現状よりはるかに高額にせざるを得なくなるでしょうし,仮に運賃を高額にしても不通のリスクが排除できず,また損害の広がりの範囲が予測つかない以上,鉄道事業の継続が著しく困難になると考えられます。
そうすると,上記のような費用等の請求を認めると,結果的に旅客の負担が重くなるだけでなく,多大な社会的損失が生じると考えられることから,規則の定めが否定される可能性はないと考えられます。
したがって,JR東海に対してこれらの費用の請求をしても,規則上はその請求が認められることはありません。
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