公益通報者保護制度
2018年2月2日
朝日新聞の記事(1月29日付)によると,オリンパス株式会社の社員弁護士が,公益通報に対する不利益扱いをしたなどとして,同社を訴えたとのことです。
記事によると経緯は次のとおりです。
オリンパスの子会社である中国の製造会社が,中国の税関当局とのトラブルを解決するためとして地元企業に4億円を支払ったらしいのですが,当該製造会社の法務本部長が,これを贈賄の疑いがあるとして,本社に対し,内部統制上の問題がある旨報告したものの,本社は贈賄と認定しませんでした。法務本部長は,なおも第三者委員会を設置して調査するよう主張しましたが,東京の新設部署の室長付への異動を内示されました。この事実を知った本社法務部勤務の弁護士は,「報復人事の可能性が高く,公益通報者保護法違反などのおそれがある」として,社外取締役宛のメールで是正を求めるとともに,法務部やコンプライアンス部などの多数の同僚に同様のメールを数回転送しましたが,これに対し,会社は,この弁護士に対し,会社のメールの使用を禁止しました。すると,この弁護士は,「使用禁止は公益通報に対する不利益扱いで,公益通報者保護法に違反する」として,会社に対し500万円の損害賠償を請求しました。
訴訟の結果が分かるのはしばらく先になりますが,問題となっている公益通報者保護法は,①労働者が,②労務提供先の不正行為を,③不正の目的でなく,④一定の通報先に通報した場合,公益通報者の保護を図ることなどを内容とする法律です(平成18年4月1日施行)。
通報の対象となるのは,「労務提供先」において,「国民の生命,身体,財産その他の利益の保護にかかわる法律」に違反する犯罪行為の事実又は最終的に刑罰につながる行為が生じ,又はまさに生じようとしている事実で,平成30年1月1日現在,464本の法律が通報対象となります(但し,公益通報者保護法自体は含まれていません。)。
通報先は,事業者内部,権限のある行政機関,その他の事業者外部のいずれかですが,この順に公益通報者の保護要件が加重されています。
公益通報を行った労働者(公益通報者)は,公益通報を理由とした事業者による不利益な取扱い(解雇,降格,減給,訓告,自宅待機命令,給与上の差別,退職の強要,専ら雑務に従事させること,退職金の減額・募集等)から保護されます(法3条等)。
公益通報者保護法については,平成28年12月,「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」が改正され,また公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会の最終報告書がとりまとめられており,制度の実効性を高める方向での改正が予定されています。今回のオリンパス社内の動きと合わせて注目していく必要があります。
所有者不明の空家の略式代執行
2018年1月28日
台東区は,今月24日,空家等対策の推進に関する特別措置法(以下,「空家法」)に基づいて,区内の所有者不明の空家を取り壊すための略式代執行を始めました。
http://www.city.taito.lg.jp/index/release/201801/press0119.html
空家法は,全国的に空家が多数発生しており,適切な管理がされていない空家等が防災,衛生,景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることから,地域住民の生命・身体・財産の保護,生活環境の保全のために制定されました(平成27年2月26日施行)。この空家法は,今にも倒壊しそうで著しく危険な空家等を「特定空家等」と規定し,行政は,特定空家等の所有者に対して,除却,修繕,立木竹の伐採等の措置の助言又は指導,勧告,命令をすることができ(法14条1項,2項,3項),さらに,行政代執行の方法による強制執行も可能とされました(法14条9条)。これにより,所有者が任意に特定空家等の取壊し等をしない場合は,行政が強制的に建物の取壊し等をすることができるようになりました。行政が行政代執行により建物の取壊し等をした場合,所有者に対し,そのための費用を請求し,任意に支払わない場合は国税滞納処分の例により徴収されることになります(行政代執行法6条)。
しかし,行政代執行法では,その手続上,所有者が不明の建物を取り壊すことは困難でした。他方,特定空家等の場合,所有者を特定できないケースもあります。そこで,空家法では,特定空家等の所有者が不明の場合であっても,公告等法令の定める手続をした上で行政代執行ができるようにしました。これが略式代執行です(法14条10項)。この略式代執行は,空家法施行以降平成29年10月1日までに,全国で合計47件行われています(国土交通省・総務省調査)。
今回の台東区の物件は未登記で,敷地の所有者(お寺)との間で借地契約が結ばれておらず,その他空家法で認められた所有者等調査を実施したものの所有者の特定には至りませんでした。そこで,今回,台東区が略式代執行による建物の収去をすることになったわけです。台東区によると,建物解体に係る略式代執行は都内初だそうです。
所有者が不明である場合,家庭裁判所が選任した不在者財産管理人(民法25条)が建物の収去をすることもできます。ただ,建物を収去した後,更地となった敷地を売却することができないと,建物の収去費用等を工面することができません。そのため,今回の台東区のように土地所有者が別に存在する場合には,不在者財産管理人の方法を採ることができず,略式代執行をすることになります。しかし,収去のための費用は税金ですので,この費用を少しでも回収できるような仕組みを作りたいところです。都市部でも特定空家等が目立っていることから,これをいたずらに放置することなく,適切に処理する必要があります。このような物件の処理に不動産業者等を上手に絡ませることで,特定空家等の処理を進めていきたいところです。
自動運転車
2018年1月23日
最近,自動運転車に関する記事が目立ちます。
自動運転車とは,加速・操舵・制動の操作の全部又は一部をシステムが行うことができる自動車で,自動運転レベルとその内容は次の5段階に分類されます(「戦略的イノベーション創造プログラム自動走行システム研究開発計画」)。
レベル1 システムが前後・左右のいずれかの車両制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル2 システムが前後・左右の両方の車両制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル3 システムが全ての運転タスクを実施(限定領域内)
作動継続が困難な場合の運転者は,システムの介入要求等に対して適切に応答することが期待される。
レベル4 システムが全ての運転タスクを実施(限定領域内)
作動継続が困難な場合,利用者が応答することは期待されていない。
レベル5 システムが全ての運転タスクを実施(限定領域内ではない)
作動継続が困難な場合,利用者が応答することは期待されていない。
我が国でもレベル2の車両が販売されていますし,杉並区内の公道でレベル3の実証実験が行われました(日経 平成30年1月12日)。これまでSFの世界だった自動運転車がいよいよ現実のものになりつつあります。
自動運転車の「安全運転に係る監視,対応主体」は,レベル1,2が運転者,レベル3以上がシステムとなっています。レベル3では,「作動継続が困難な場合は運転者」とされますが,基本的にはシステムが車をコントロールすることになります。このように,レベル2までは,運転者が責任を負い,その責任の内容は現行と同様と考えられますが,レベル3以上の自動運転車では,運転者によるコントロールがありません。ですから,このような自動運転車による事故については,現行法を前提とした場合,主に,システムを搭載した車両のメーカーが不法行為責任や製造物責任を負うと考えるのが一番しっくりくると思います。
ただ,現在の不法行為法では,予見可能性,結果回避可能性を被害者側が立証しなければなりませんが,システムがブラックボックス化していることから,メーカーに不法行為責任を負わせることはまず無理です。また,製造物責任法では,製造業者は,「製造物」の「欠陥」により他人の生命,身体等を侵害した場合に賠償責任を負うとされていますので,自動運転のシステムに欠陥があれば,賠償責任を負うことになります。しかし,実際問題として被害者がシステムの欠陥を立証するのは困難でしょう。しかも,製造物責任法では,「引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては,当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかった」ことを製造業者が証明したときは,賠償責任を免れるとされていますので(同法4条1号),メーカーはこの抗弁を主張すると思われます。
しかし,そうなると,自動運転車の事故により被害を受けた者は,他に責任原因があるような場合(例えば,道路の設置又は管理に「瑕疵」があったとして道路等の設置管理者である国や公共団体を被告とすることはあり得ます。)はともかく,そうでない場合には全く救済されなくなってしまいますが,それが社会的正義に反することも明らかです。
自動運転車の事故に対する民事的救済は,現行法の枠内で適切妥当に解決することが困難であると思います。そうすると,自動運転車の事故による民事的救済のために新たな法制度が必要でしょうし,過失の要件を緩和した保険商品の開発も必要でしょう。自動運転車には,人為的なミスによる交通事故を減少させるなど大きな社会的メリットがありますので,自動運転車の実用化は不可避です。そのための法的な枠組みの構築や社会的なシステムの整備が合わせて求められます。
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