ヒグマの駆除による猟銃所持許可取消
2024年12月27日
札幌高裁は,2024年10月18日,ライフル銃でヒグマを駆除した男性の猟銃所持許可を取り消した北海道公安委員会の処分の取消しを求めた裁判について,男性の請求を棄却する判決をしました。
その結果,北海道猟友会は,今後ヒグマ駆除の要請を拒否することを検討するに至ったとのことです。
本件の経緯は概略次のとおりです。
2018年8月,北海道の砂川市内にヒグマ1頭が出現したことから,砂川市の要請を受けたA氏(ライフル銃の所持許可と狩猟免許を有しており,北海道猟友会砂川支部長をされていたとのことです。)が現場に出動しました。A氏は,ヒグマがまだ子熊なので逃がしてはどうかと提案しましたが,市の職員が駆除を求めたことから,市の職員や警察官が見守る中,ライフル銃を1発発射してヒグマを駆除しました。この際,臨場していた警察官は発砲を制止することはなく,駆除後も発砲行為の違法性を指摘することはありませんでした。
ところが,その約2か月後の同年10月,A氏とともに現場に臨場していたB氏が,警察に対し,A氏の発射した銃弾が跳弾して,B氏が持っていた猟銃の銃床が破損したなどとする申告をしたことから,警察が鳥獣保護管理法違反,銃刀法違反の被疑事実で捜査をし,A氏を書類送検しました。
これに対し,検察庁はA氏を不起訴としましたし,北海道もA氏の狩猟免許の取り消し処分をしませんでした。
ところが,北海道公安委員会は,2019年4月,A氏のライフル銃の発射行為が「弾丸の到達するおそれのある建物に向かって銃猟をした」ことに当たるとして,ライフル銃の所持許可を取り消す旨の処分をしました(以下,「本件処分」)。
A氏は,本件処分の取消しを求める訴訟を提起したところ,札幌地裁は,2021年12月17日,公安委員会の本件処分には裁量権の逸脱があったとして本件処分を取り消す判決をしましたが,控訴審の札幌高裁は,本年10月18日,札幌地裁の判決を取消しA氏の請求を棄却する判決をしたのでした。
鳥獣保護管理法は,
住居が集合している地域又は広場,駅その他の多数の者の集合する場所(以下「住居集合地域等」という。)においては,銃猟をしてはならない。
と定めており(同法第38条第2項),また,銃刀法は,
鳥獣保護管理法の規定により銃猟をする場合を除いて,銃砲を発射してはならない
とし(第10条2項1号),これに反した場合,都道府県公安委員会が猟銃所持の許可を取り消すことができると定めています(第11条1項柱書,同項1号)。ですので,鳥獣保護管理法が定める「住居が集合している地域又は広場,駅その他の多数の者の集合する場所(住居集合地域等)」において銃砲を発射して銃猟をすると,猟銃の所持の許可が取り消されることがあり得るという建て付けになっています。
そのため,鳥獣保護管理法と銃刀法を杓子定規に適用すれば,本件のように「住居集合地域等」で銃砲を発射した場合,猟銃所持の許可が取り消されても文句は言えないということになります。
しかし,本件のA氏は,砂川市の要請で出動し,同市の要請でライフル銃を発射したのであり,それは市民の生命身体の安全を守るためであったといえますから,いかなる場合でも「住居集合地域等」で発射すれば,所持許可が取り消されるというのは社会常識に反するように思われます。
もちろん「住居集合地域等」である以上,発射するに当たっては最低限の安全が確保されることは必要ですが,本件では,発射した弾丸の行く手を遮る高さ約8メートルの土手(バックストップ)があったとのことです。
地裁はこの土手の存在を理由に弾丸が付近の家屋に飛んでくる可能性は低い,つまり危険性はほとんどないなどとして本件処分の取消しを命じたのですが,高裁は,土手に当たって跳弾する可能性があると指摘し(B氏の猟銃の銃床が破損したのはこの跳弾によるものとの認定もしています。),危険性が高かったし,実際に危険性が現実化したと判断したのでした。
この危険性に対する感度の違いが地裁と高裁の判断を分けた可能性があります。
いずれにせよ,高裁が指摘するような跳弾の可能性自体は否定できないものの,背後に土手が存在しており,最低限の安全性が確保されていたといえますし,発砲に至るまでの一連の経緯や駆除後の状況,さらには住民感情等を踏まえると,本件処分はあまりに杓子定規に過ぎており,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いているとの評価は十分合理性があると思われます。
北海道猟友会は,高裁判決を受けて,前記のとおり今後のヒグマの駆除要請を拒否することも検討したとのことですが,結局,一律に拒否するのではなく,駆除の要請を受けた各支部の判断に委ねることにしたとのことです。
A氏は,札幌高裁の判断を不服として最高裁に上告したとのことですので,最高裁の判断が注目されます。
また,鳥獣保護管理法等の改正により,駆除要請を受けて発砲したハンターが不利益を被らないようにすることも検討されています。
裁判官のインサイダー取引疑惑
2024年10月24日
読売新聞(10月19日等)によると,金融庁に出向している裁判官が株式公開買付(TOB)などを審査する立場を悪用し,職務で知った株式公開買付の未公開の情報をもとに,対象企業の株式を本人名義で売買した疑いで,証券取引等監視委員会が調査をしているとのことです。
金融商品取引法は
当該公開買付者等に対する法令に基づく権限を有するものは,当該権限の行使に関し(公開買付等の実施に関する事実等を)知ったときは,公開買付等の実施に関する事実等の公表がされた後でなければ,当該公開買付等に係る上場株式等に係る買付等をしてはならない
としています(第167条1項3号)。
調査を受けた裁判官は,金融庁の企画市場局企業開示課の課長補佐という立場であったそうですので,自身が金融商品取引法における「当該公開買付者等に対する法令に基づく権限を有するもの」に該当することは当然ご存じだったと思われます。
現在証券取引等監視委員会による調査中であり,断定的なことはいえませんが,仮に裁判官がこのような禁止行為に及んだのであればそのこと自体驚きですし,まして他省庁に出向するような裁判官は,一般的には裁判官の中でも将来を嘱望されていると考えられますので,そのようなエリート中のエリートがインサイダー取引をしかも本人名義でしていたのであれば大変驚くべきことです。最高裁の人事局長さんは,「裁判官であった者が,金融庁への出向中にインサイダー取引の疑いで調査を受けていることは遺憾だ」とのコメントを出しましたが,最高裁もよもや裁判官がこのような疑惑で調査を受けることになるとは考えていなかったと思います。
なお,裁判官が金融庁に出向するには,いったん検事に任命され,その際「金融庁に出向させる」及び「東京地方検察庁検事に併任する」との辞令を受けることになります(そのため人事局長さんのコメントでは「裁判官であった者」とされていると思われます。)。
調査を受けた裁判官は本年4月に金融庁に出向したそうですが,本年4月1日付で検事に任命されて金融庁に出向した裁判官は5名おられるようですので,そのうちのお一人であると考えられます。
検事についても,近時,取調べの中で被疑者に対して「ガキ」とか「お子ちゃま的発想」などと発言したことが被疑者の人格権を侵害したなどとして国に対して賠償を命じた事案がありました。取調べ検事は供述を引き出せないことでいらだっていたのかもしれませんが,「ガキ」等の発言が供述を引き出すものでないことは明らかですし,そもそも録音録画がされているのにこのような発言をしたことも不思議というほかありません。
裁判官にしても検察官にしても,一部で質の劣化が進行しているのかもしれません。
輪軸不正
2024年10月11日
日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)は,2024年9月10日,輪軸組立作業に不正があったとして,全国3か所の車両所所属の貨車等600両以上等の運用を停止し(9月12日リリース),そのため,物流に大きな障害が発生しました。
輪軸は,車輪や大歯車などを車軸(円柱形)に圧入して組み立てたもので,車軸の外径よりわずかに小さい内径の穴が中心にある車輪や歯車を嵌め合わせて両者を締結する圧入作業を行って形成します。
この圧入作業については,日本産業規格(かつての日本工業規格)(JIS E4504)により,圧入力の値が「上限基準値の+10%以内」という基準が定められているところ,JR貨物は,圧入力がこの基準値の上限を超えていたのに,検査結果データを基準値内のデータに差し替えて,検査を終了させていたとのことです。
JR貨物は,本年7月24日に発生した山陽線新山口駅構内で発生した貨物列車脱線事故を受けて,関西支社広島車両所で輪軸組立作業の確認をしたのですが,その際,社員が輪軸の不正を申告したことで今回の不正が発覚しました。なお,新山口駅で脱線した車両にも検査結果データが差し替えられた輪軸が搭載されていましたが,脱線の原因は調査中とのことです。
国土交通省は,JR貨物の輪軸不正を受けて全国の鉄軌道事業者(156事業者)に対し,鉄道車両における輪軸の緊急点検を指示した結果,圧入力値が社内の規定等から逸脱している等の不適切な事案が判明した事業者は,9月30日の時点で計91事業者,そのうち改ざんが確認された事業者は計50事業者でした(9月30日リリース)。
多くの事業者が圧入力値を逸脱させていただけでなく,改ざんも行っていたようにもみえますが,改ざんが確認された事業者(計50事業者)のうち,自ら改ざんを行った事業者は,JR東日本,JR貨物,東京地下鉄の3事業者(但し,東京地下鉄の組立作業をしたのはグループ会社のメトロ車両株式会社)であり,それ以外の事業者は,輪軸の組立作業を委託していた京王重機整備(26事業者),総合車両製作所(27事業者)による改ざんでした。
よもや各社が連絡をとりあって,他もやっているから自分のところでもやろうと考えたとは思われませんので,複数の事業者が他社の動向とは関係なしに同時に同様の不正をしていたことになります。これは,ちょうど我が国の自動車メーカーがこぞって自動車の型式認証の不正をしていたことを想起させるものといえます。
JR貨物の内部調査の結果,作業員から「作業に失敗するとコストが増える。部品が廃棄になってしまうのが気になる」との声が聞かれた(日経新聞9月13日)とのことですが,そのような動機とともに,納期を守るため,再作業等の手間を省きたかったという事情もあったのではないでしょうか。
また,広島電鉄のリリースには,「2018年以前に圧入した輪軸について,規定値超過の場合は,車軸の超音波探傷試験結果で問題なければ”良”と判断し,規定値未満の場合は,圧入状態に異常がなければ”良”と判断していたと考えられます。」(9月24日リリース)とされていることから,圧入力値が基準を超えていたとしても,超音波検査の結果で安全性が確保されており問題ないと勝手に判断していたとも考えられます。
しかし,日本産業規格(JIS規格)は,高度の品質を担保するものであり,規格の定める基準に適合しないこと自体正当化することはできませんし,ましてや検査結果データを基準値内のデータに差し替えるなどあってはならないことです。 我が国のメーカーで相次いでいる不正の数々は,物作りに対する誠実さが失われてしまったことを示すものと思います。
そうなると日本が再び物作りで世界の信頼を得るとともに競争力を高めるためには,現場が不正に手を染めることなく,「正しい」品質の製品を作り出せる体制を整えるべき必要があると思われます。
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