東京・銀座の弁護士

弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

コラム Column

HOME > コラム

JR九州高速船の浸水隠し

2024年9月26日

JR九州(九州旅客鉄道株式会社)の子会社であるJR九州高速船株式会社(以下,「高速船社」といいます。)は,2024年9月17日,国土交通大臣から,福岡と韓国・プサン間で運航させていた高速船「QUEEN BEETLE」(以下,「ビートル」といいます。)に浸水が発生したのにその報告を怠り,運航を継続したなどとして,「輸送の安全の確保に関する命令」(海上運送法19条2項)及び「安全統括管理者及び運行管理者の解任命令」(同法10条の3 7項)を受けました。
報道によると,国土交通大臣が安全統括管理者等の「解任命令」を発出したのは今回が初めてだそうです。
このような重い処分が出されるまでの経緯はJR九州のリリース等によると次のようなものでした。

高速船社は,昨年の2023年2月11日,ビートルの船首区画に浸水が発生していることを確認しましたが,九州運輸局等への報告をせずに応急措置をして運航を継続させました。
高速船社は,同月14日,九州運輸局に修理計画等の説明をし,同局から臨時検査の受検,検査結了までの運行停止を指示されたことから,同月末までにドックに入渠させ修理を行い,その後ビートルを運航を再開しました。
国土交通大臣は,同年6月23日,高速船社が浸水の事実を九州運輸局等に報告しないまま2月14日まで運航を継続させたことなどに関し,「輸送の安全の確保に関する命令」を発し,これに対し,高速船社は,改善報告書を提出しました。
高速船社は,2024年1月4日,再びビートルの浸水を確認したことから,九州運輸局にその旨報告し,同月12日,同局から運行停止と臨時検査の受検の指示を受け,検査を受検後の同月25日運行を再開しました。
ところが,翌月の2月12日,高速船社は再びビートルに浸水を確認しましたが,この事実を九州運輸局に報告しませんでした。
また,航海日誌,メンテナンスログ等に異常なしと記載してビートルの運航を継続させ,さらに5月27日,浸水量がさらに増加していることを確認したのですが,浸水警報が鳴動しないようにするため警報センサーの位置を上部にずらしてビートルの運航を続けました。
しかし,同月30日,浸水量がさらに増加して浸水警報が発動したことから,高速船社は,この時点でようやく,浸水の事実を九州運輸局に報告し,その日からビートルの運航を停止してドックに入渠させました。
高速船社は,同年7月,検査結了後にビートルの運航を再開させましたが,翌8月6日,国土交通省が高速船社を監査し,その際の乗務員や運行管理者への聞き取り調査の結果,2月の浸水の事実を報告していなかったこと等が発覚し,一連の不正が明らかとなりました。
JR九州は,8月13日,高速船社の社長を解任するとともに,9月3日,第三者委員会を設置して事実関係の解明や再発防止のための方策を検討するとしました。

9月17日の国土交通大臣の処分は,高速船社が本年2月12日に浸水を確認したにもかかわらず,5月30日までの間,長期間にわたり国土交通省への報告をしないまま運航を継続したことなどに対してされたものです。さらに報道によると,国土交通省への報告をしないまま運航の継続を指示したのは当時の社長だったとのことです。

ビートルは,福岡とプサンを約3時間40分で結ぶ高速船であり,多くの旅客に利用されています。このようなビートルが航行中に破滅的な浸水が発生した場合,大惨事になるところでしたので,安全を第一に考慮するべき高速船社としては,浸水を確認した時点で直ちに国土交通省に報告し,必要な修理を実施するべきでした。
特に高速船社は,前年もビートルの浸水の事実を報告しなかったことで処分を受け,「経営トップの抜本的な意識改革」,「社外関係機関への速やかな報告と相談改善」等を内容とする改善報告書を提出していましたので,同じ過ちを犯してはならない立場でした。それにもかかわらず,今回も浸水の事実を報告しなかったばかりか,航海日誌等に虚偽の内容の記載をしたり,警報センサーが作動しないように警報センサーの位置をずらす工作まで行ったというのであり,悪質さは際立っているといわざるを得ません。
安全統括管理者等の「解任命令」等の厳しい処分がされるのはむしろ当然といえます。
さらに事態が深刻なのは,国土交通省への報告をせずに運航の継続を指示したのが当時の社長であり,航海日誌等の虚偽の記載等についても認識していたとされることです。当時の社長が通常では考えられない指示をした理由はもちろん,高速船社のガバナンス体制,さらには親会社であるJR九州の高速船社に対する監督責任についても,JR九州が設置した第三者委員会の調査によりある程度明らかになるものと考えられます。

さて,ここで気になるのは,本年8月5日に国土交通省が抜き打ちで高速船社の監査を実施したいきさつです。
事実関係は不明ですが,国土交通省が思いつきでこのような監査をすることは考えにくいですし,監査をきっかけとして高速船社の不正が一気に明らかになったことから考えると,高速船会社の社員が,浸水の事実を報告しなかったことや一連の隠蔽工作を九州運輸局に通報していたと考えれば一連の流れが合理的に説明できるように思われます。
船の浸水は,乗客のみならず乗組員の生命身体の安全を脅かすものですので,高速船社の社員としては,当局に通報したくなるのは当然というべきです。
組織の不祥事は決して隠し続けることはできないと考えるべきです。

 

 

東海道新幹線の不通

2024年7月25日

東海道新幹線は,7月22日,保守用車両が衝突,脱線して線路をふさいだため,浜松・名古屋間の上下線が終日不通となり多くの旅客に影響を及ぼしました。
混乱の中,在来線を利用するなどして不通区間を突破した人もいれば,旅行を中止したり航空機を利用したりした人もいたそうですし,中にはホテルに宿泊することになった人もいたようです。
JR東海は,「東海旅客鉄道株式会社旅客営業規則」(以下,「規則」といいます。)で本件のような「運行不能」の場合の取扱いを定めています。
ここで7月22日に東京から大阪に旅行するため,東京・新大阪間の新幹線の乗車券,指定席券を持っている場合を考えてみると,本件では,
1 その日の旅行を中止する。
2 新幹線以外のJR線を使って大阪に向かう。
3 航空機を利用する。
などの方法を選択できます。

1のその日の旅行を中止する場合は,乗車券,新幹線特急券を駅に差し出して旅客運賃と料金の全額の払い戻しを受けたり(規則282条2項),有効期間の延長を申し出て別の日(ただし「開通後5日以内」との制限があります。)を指定し,指定した日に新大阪に向かうことが可能です(規則283条)。

2の新幹線以外のJR線を使って新大阪に向かうことも可能であり,これを「他経路乗車」(規則285条1項1号)といいますが,今回の場合であれば,
① 東京(東海道新幹線)浜松(東海道線)名古屋(東海道新幹線)新大阪
② 東京(中央線)新宿(中央東線)塩尻(中央西線)名古屋(東海道新幹線)新大阪
③ 東京(北陸新幹線)長野(篠ノ井線,中央西線)名古屋(東海道新幹線)新大阪
④ 東京(北陸新幹線)敦賀(北陸線・湖西線)新大阪
が主な迂回ルートとして考えられます。
ただ,規則では「他経路乗車」に関し,「旅客は,その乗車券に表示された着駅と同一目的地に至る他の最短経路による乗車をすることができる。」とされていますので(規則285条1項1号),今回で「他経路乗車」が認められるのは①と考えられ,それ以外のルートを選択する場合は,いったん乗車券,新幹線特急券の払い戻しを受け,改めて当該ルートの乗車券等を入手する必要があると考えられます。なお,①のルートで浜松から在来線で豊橋まで行き,豊橋から名鉄線に乗り換え,名古屋で新幹線に乗り換える方法もありますが(この場合,別に,名鉄線の運賃を負担することになります。),その場合は,「あらかじめ係員に申し出て不乗証明書の交付」を受けて,新大阪駅で証明書とともに乗車券を差し出せば,不乗区間に対する旅客運賃の払い戻しを受けることができます(規則287条)。

3の航空機を利用する場合は,1と同様乗車券等の払い戻しを受けて航空券を購入することになります。

このように,いくつかの選択肢がありますが,中にはやむなくホテルに宿泊した旅客がいたでしょうし,7月22日に予定していた商談ができなくなり,商談をすれば得られたであろう利益を得られなかったという損害を被った旅客もいたでしょう。
今回はJR東海の一方的な事情による不通ですので,JR東海に対し,JR線を迂回したり,航空機を利用した場合の新幹線の乗車券等の料金との差額,ホテル代や損害の賠償を請求することが可能であるようにもみえます。

しかし,運行不能が発生した場合について,規則は,「その原因が当社の責に帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず」,規則が定める「取扱いに限って請求することができる」と定めていますので(規則290条の3・1項),JR東海に対し,上記の費用等の請求をしても規則上認められません(請求しても拒否されます。)。
規則は,民法上の「定型約款」(民法548条の2以下)に該当し,JR東海の利用者は乗車券等を購入する時点で,定型約款である規則に定める個別の条項について合意したとみなされます(民法548条の2)。
もちろん,規則の定めが「相手方の権利を制限」するもので「相手方の利益を一方的に害する」ものとの評価がされれば,規則の個別の条項について合意をしなかったものとみなされます(民法第548条の2第2項)。

しかし,鉄道会社は,上記のような費用の支払いリスクを負わないことを前提に運賃の設定等をしているのであり,仮にリスクを負う可能性があるとなれば,運賃を現状よりはるかに高額にせざるを得なくなるでしょうし,仮に運賃を高額にしても不通のリスクが排除できず,また損害の広がりの範囲が予測つかない以上,鉄道事業の継続が著しく困難になると考えられます。
そうすると,上記のような費用等の請求を認めると,結果的に旅客の負担が重くなるだけでなく,多大な社会的損失が生じると考えられることから,規則の定めが否定される可能性はないと考えられます。
したがって,JR東海に対してこれらの費用の請求をしても,規則上はその請求が認められることはありません。

DーDAY

2024年6月7日

6月6日は,80年前の1944年に連合軍がフランス・ノルマンディーの海岸に大規模な上陸作戦を決行した日です。
ノルマンディー上陸作戦は「史上最大の作戦」との邦題の映画でも有名ですが,6月6日の一日だけで16万人以上の兵士の上陸を敢行し,約5000隻の艦船,1万機以上の航空機が参加したまさに史上最も大規模な作戦であり,その成功は第二次世界大戦のヨーロッパ戦線の大きな転換点になりました。
作戦の成功の要因はアメリカを中心とした圧倒的な物量であると考えられますが,ドイツ側の判断ミスの要因もあったようです。
ドイツ軍は,連合軍が大規模な上陸作戦を企図していることは当然察知していたのですが,上陸地点としては,イギリスからの距離が約50キロメートルと最も短いフランスのパ・ド・カレーが最有力と考えており(現在も近くにユーロトンネルの入り口があります。),パ・ド・カレー付近に強固な防御陣地を構築し,強力な部隊を配置していました。
ドイツ軍は,ノルマンディーにも一定の備えをしていましたが,劇中のある将軍は,連合軍の最高指揮官(アイゼンハワー)について

 アイゼンハワーは危険を冒さない。絶対に。

と語っていますが,わざわざ危険のより大きいノルマンディーへの上陸作戦を敢行する可能性は低いと判断していました。

他方,連合軍は,ノルマンディーへの上陸作戦を6月5日に決行することにしていましたが,当日の天候が極めて悪かったことから,一日延期し,荒天が一時的に収まるとの予報にかけて6月6日,上陸作戦を敢行することにしたのでした。
この上陸作戦に先立ち,連合国側は,フランス国内のレジスタンスに向けて,24時間以内に上陸作戦を敢行することを意味する暗号(ヴェルレーヌの詩の一節)を放送しました。
ドイツ軍もその放送を傍受し,暗号の意味を正しく察知したのですが,ドイツ軍首脳は,当時の天候が悪かったため,

連合軍の攻撃は常に好天のとき,北アフリカ,シチリア,イタリア。
それにいつも早朝だ。

として,荒天時での上陸作戦はないと軽信していたため,この情報が持つ重要性を看過し,臨戦態勢を怠りました。
そして,6月6日の未明,いよいよ上陸作戦の先陣をきって米英の空挺部隊がノルマンディーの後方に落下傘等による降下をしたのですが,ドイツ軍はこれをパ・ド・カレーを急襲するための陽動作戦であると誤信しました。
映画の中では,ノルマンディーを目標とする上陸作戦が始まったらしいとする部下の進言に対し,西部方面軍司令官のルンテシュタットが

違う,私はそうは思わん。
ノルマンディーへの攻撃は陽動作戦に過ぎん。注意をそらす気だ。
敵の本当の上陸場所はこのカレーだ。
ノルマンディーに上陸するのは軍略に合わん。
常識からかけ離れている。

とつぶやいていましたが,ノルマンディーなどに上陸するはずがないとの思い込みがあったことは明らかです。

そして,連合軍は,6月6日早朝,沿岸にあるドイツ軍陣地の無力化を図るためまず艦砲射撃や航空機による攻撃を加えて,その後,大規模な上陸を開始しました。
ドイツ軍も反撃しましたが,備えが十分に整っていなかったことに加え(ロンメル元帥はノルマンディーの防御を強化して水際で上陸軍を撃退する計画を立てていたのですが,計画どおりに進まなかったとのことです。),天候が悪いため,6月初旬に連合軍が上陸作戦をしてくることはないと思い込んでいたドイツ軍は,水際での撃退の機会を逃し,反撃が後手に回り,第一波の上陸を許し,橋頭堡を構築されてフランスの解放につながってしまったのでした。

ドイツ軍は事前の情勢分析や情報を踏まえて軍事的な判断を下していたのでしょうが,思い込みにより目前に迫っている事態に的確に対応できなかったのであり,この状態を「正常性バイアス」ということも可能といえます。
正常性バイアスとは正常ではない事態が生じているのに,先入観によってそれを正常の範囲内にある事象であると判断する心理状態などと定義されます。
ノルマンディーに上陸するはずがないという思いに加え,暗号放送を傍受していたのに,悪天候時に上陸作戦をするわけがないとの判断は,正常性バイアスが働いていたとすれば説明がつくといえます。
ロンメル元帥の計画のとおり,ノルマンディーへの上陸に備えて水際で上陸を阻止するための準備が整っていたり,悪天候を突いて上陸作戦が敢行される可能性があることを踏まえて臨戦態勢をとっていれば,世界の歴史はもう少し違っていたかもしれません。
「正常性バイアス」は現在でも失敗の原因になりうるものですので,映画を見るなどして歴史から教訓を得ることも意味のあることだろうと思います。

1 2 3 4 5 6 7 26

▲ページの上へ戻る