東京・銀座の弁護士

弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

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ストライキ

2023年9月11日

株式会社セブン&アイホールディングスの子会社である株式会社そごう・西武では,8月31日,そごう・西武労働組合が西武池袋本店でストライキを実施し,その結果同店の当日の営業が終日休業となりました。大手百貨店でのストライキは約60年ぶりとのことですが, そもそも最近ではストライキの実施がされているとは聞き及びません。

ところで,ストライキは同盟罷業ともいい,労務の集団的な不提供を行うという態様の争議行為であり(有斐閣 法律学小辞典第4版),憲法が保証する勤労者の団体行動権の一つです。また,争議行為とは,労働組合等が「その主張を貫徹することを目的として行う行為等で,業務の正常な運営を阻害するもの」とされます(労働関係調整法7条)。正当なストライキであれば,刑事上,民事上の責任は問われません(労働組合法1条2項,8条)。「正当」と評価されるためには,①目的の正当性,②手段の相当性,③手続の履行が必要とされます。

まず,①の目的の正当性ですが,労働者の地位向上や労働条件の改善をめざす目的を有することが必要です。したがって,個別の労働者の解雇とか工場の閉鎖など経営判断に関わる事項を目的とするストライキ,あるいは政治ストや同情ストは目的の正当性が認められない可能性があります。
次に②の手段の相当性ですが,暴力が認められないことは当然ですし(労働組合法1条2項),違法な権利侵害が許されないことは明らかです。
さらに,③の手続の履行ですが,労働組合法では,労働組合の規約に関し,「同盟罷業は,組合員または組合員の直接無記名投票により選挙された代議員の直接無記名投票の過半数による決定を経なければ開始しないこと」との定めがありますので(第4条2項8号),労働組合の規約に基づく決定を欠く場合,正当なストライキと評価されない可能性があります。
また,団体交渉を行わないままいきなりストライキに打って出ることは特段の事情がない限り正当なストライキとは認められないとされます。さらに,労働協約にストライキを行う場合事前に使用者にその旨通告するとされている場合は,事前の通告が必要となります。

以上の要件を充足する限り,ストライキを実行したとしても,刑事上,民事上の責任は問われません。また,使用者は,ストライキを理由として,労働者を解雇するなどの不当労働行為をすることができません(労働組合法7条1号)。
なお,運輸事業等の「公益事業」(労働関係調整法8条1項)でストライキ等の争議行為をしようとする場合は,その争議行為をしようとする日の少なくとも10日前までに労働委員会等にその旨の通知をしなければならないとされています(労働関係調整法37条)。

他方,ストライキが実行された場合,労務の提供をしていないことになりますので賃金請求権は発生しないのが原則です(ノーワークノーペイ)。ストライキによって削減しうる賃金の範囲は,労働協約等に別段の定めがある場合を除き,拘束された労働時間に対して支払われる賃金としての固定給であるとした判例があります(最高裁昭和40年2月5日判決 明治生命事件)。

ストライキは,労働者の要求実現の重要な手段ですが,やみくもに実行しても使用者の態度を硬化させるだけで逆効果になるおそれもありますし,社会の理解も得られないのではないでしょうか。9月6日付日経新聞によると,そごう・西武を買収した米ファンドは今のところ人員削減は検討していないとのことですし余剰人員が生じた場合はその引受先を用意するとのことです。また,ニュースを見る限り,ストライキについての一般の理解も得られていたように思われます。
したがって,今回のストライキは一定の成果を上げたといえると考えられます。

電子記録債権法

2022年10月20日

 一般社団法人全国銀行協会は,2022年(令和4年)11月4日から電子交換所における約束手形等の交換決済を開始し,一方で11月2日で全国の手形交換所の業務を終了するとしています。  約束手形の決済は,これまで手形交換所による交換決済が必要で,実際の支払いまでに数日を要するとされていましたが,電子交換所システムにすることで最短3営業日で決済されるようになるとのことです(日経新聞)。

 この約束手形は,振出人が手形用紙に一定の金額の支払い約束をして受取人に交付することにより権利が発生し,受取人は,支払期日に額面金額の支払いを受けることも裏書きにより第三者に譲渡することも可能です。しかし,書面による約束手形は紛失,盗難のリスクが避けられませんし,電子化された社会において,書面による手続が必ずしも合理的でないことは明らかです。 

 こうした書面の約束手形の難点を克服するため,平成20年に電子記録債権法が施行されました。

 この法律は,権利内容を電子債権記録機関の記録原簿に記録事項を電子的に記録することによって債権の存在,帰属を管理するとしています。つまり,約束手形の振出人に当たる「電子債権義務者」と受取人に当たる「電子債権権利者」双方が請求者の氏名又は名称及び住所その他の電子記録の請求に必要な情報を電子債権記録機関に提供すると(発生記録の請求),電子債権記録機関が記録原簿に発生記録を行い,電子記録債権が発生することになります。

 債権者はこの権利を第三者に譲渡することも可能であり,その場合は,譲渡人となる者(電子記録義務者)と譲受人となる者(電子債権権利者)双方が電子債権記録機関に電子記録を請求すると記録原簿に譲渡記録がされ,譲受人が債権の支払を受ける権利を取得することになります。

 支払期日に金融機関を利用して債務者口座から債権者口座に払い込みによる支払が行われた場合は,電子記録債権は消滅し,電子債権記録機関は金融機関から通知を受けることにより遅滞なく「支払等記録」をします。

 このように電子記録債権は,基本的に約束手形と同様の仕組みで設計されており,善意取得(法19条)や人的抗弁の切断(法20条)等取引の安全を確保する措置も講じられています。

 金融庁によると,電子債権記録機関として指定を受けた会社は令和3年9月8日時点で合計5社あり,法律とそれぞれの会社が定めるルール(業務規程)により業務が運営されることになっています(法56条)。そのうちの一つである株式会社全銀電子債権ネットワークが運営する「でんさいネット」では,2021年度の「でんさい請求取扱高」(発生記録請求金額)が約28兆8000億円,「でんさい利用者登録数」が約46万7000社とのことであり,利用が拡大していることがうかがわれます。

 このように,電子記録債権は約束手形に代わる決済手段ということになりますが,債権者,債務者,債権譲受人等の全ての関係者がこの仕組みに参加することが必要であり,その点のハードルをクリアしないといつまでも書面による約束手形が存続することになります。

 しかし,業務の効率化に電子化は不可欠であることから,いまさら紙の約束手形にこだわることは,会社の経営にとってマイナスになると考えられます。

日野自動車

2022年9月7日

日野自動車株式会社は,2022年3月,日本市場向け車両用エンジンの排出ガス及び燃費に関する認証申請における不正行為を確認したとして,大型エンジン,中型エンジンの3機種とその搭載車両の出荷を停止しましたが,同年8月2日,これら大型エンジン等に関する不正行為の詳細や再発防止策などを明らかにした特別調査委員会の調査報告書を公表しました。ただ,この調査では,小型エンジン(N04C(HC-SCR)/2019年モデル 以下,「2019年モデルエンジン」といいます。)は対象とされませんでした。

 ところが,8月3日以降,国土交通省による立入検査を受けたところ,排出ガス劣化耐久試験に関する新たな不正行為が明らかになり(2022年8月22日付「エンジン認証に関する追加の判明事項について」),その結果,日野自動車は,2019年モデルエンジンが搭載された小型トラック(日野デュトロ)についても出荷を停止する措置をとり,国内向けの全てのトラックの出荷ができなくなってしまいました。

国土交通省の2022年8月22日付リリース(「日野自動車の排出ガス・燃費試験の新たな不適切事案について」)によると,

○ 日野自動車は,現行生産のトラック・バス用エンジン全7機種に係る型式指定申請において,長距 離耐久試験を行い算出した排出ガス劣化補正値を提出していた。

○ 長距離耐久試験においては,一定の走行距離毎(小型エンジンの場合,5,000㎞,4万㎞,8万㎞)を走行した時点(測定ポイント)において,排出ガス測定を2回以上行い,その測定結果を用いて排出ガス劣化補正値を計算する必要がある。

○ 日野自動車は,一部の測定ポイントで1回しか測定しておらず,また,排出ガス劣化補正値の計算の際,各測定ポイントの測定結果を一つしか用いていなかった。

○ 日野自動車は,規定の内容を十分理解していなかったことが原因と説明。

と記載されています。

 つまり,本来,長距離耐久試験においては排出ガス測定を複数回するべきなのに,1回しか測定しなかったポイントがあったり,補正値の計算の際,各測定ポイントの測定結果を一つしか用いていなかったため,排出ガス劣化補正値が適切に計算されていませんでした。この点,日野自動車は,「規定の内容を十分理解していなかったことが原因と説明」しているとのことですが,そもそも自動車メーカーが検査に関する規定の内容を「十分理解していなかった」とは考えにくいところですし,規定に適合する方法で排出ガス劣化補正値を計算していたところもあったのですから,日野自動車の説明をにわかに信ずることはできません。

 さらにつきつめると,今回明らかになった不正行為(国土交通省の表現では「不適切行為」)は,2022年3月以前から行われていたのではないでしょうか。そうすると,本来,大型エンジン等に関する不正行為を発表した段階で,この2019年モデルエンジンに関しても不正行為があった旨発表され,かつ,その件についても調査がされるべきだったのではないでしょうか。

  この点,会社は,「試験の誤りを認識しておらず,特別調査委員会に適切なデータを提供できていなかった」と釈明したとのことですが(日経XTECH ウェブ 2022/8/22),現場が規定を正確に理解できていなかったとすればそれ自体問題です。

 仮に規定を正確に理解できていたものの敢えて規定に違反する測定方法を続けていたのにそれを会社に報告していなかったのであればさらに問題ですし,会社がその旨の報告を受け,不正行為を認識しながら2022年3月の時点で,それを公表しなかったとすればますます問題です。

 いずれにせよ,2019年モデルエンジンの不正行為についても,2022年3月までに把握してその時点で公表するとともに,特別調査委員会の調査に委ねるべきであったのに,それをせず,調査報告書を公表した直後に不正行為が追加で発見されてしまったのは,大失態というべきであり,危機対応として最悪というほかありません。今回発覚した不正行為についても特別調査委員会による新たな調査を実施して,このような大失態に至った経過を検証するのが適当と思われます。

 日野自動車は,8月2日の時点で,「再生に向けて全社を挙げて取り組んでまいります。」(2022年8月2日付「特別調査委員会による調査結果および今後の対応について」)としていましたが,今回発覚した不正行為の原因究明を徹底しない限り真の再生を実現することはできないのではないでしょうか。

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