テレワークの実施について
2020年4月16日
新型コロナウィルスの感染拡大を受けて,政府は,令和2年4月7日,新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を公示するとともに,同月10日付で,事業者に対する要請として,
在宅勤務(テレワーク)やテレビ会議等を活用した「終日出勤回避」の推進,多くの企業における4割の不在を前提とした業務継続計画(BCP)を上回る取り組み,職場での「三つの密(密閉,密集,密接)」の回避など,人と人との接触を減らすためのあらゆる取り組みを促す。
などとする「緊急事態宣言に伴う事業者への要請等に係る留意事項等について」との事務連絡を発出しました(令和2年4月10日付)。
一部の会社は,緊急事態宣言が出される前から,新型コロナウィルス感染症対策として独自の判断で在宅勤務(テレワーク)を実施していた会社もあるようですが,緊急事態宣言後は7割以上の社員がテレワークをするようになっている会社もあると報道されています。しかし,一方で,業種や職種によってはその性質上テレワークが困難である場合もありますし,中小企業は,大企業のような規模でテレワークを実現することは難しいとのことです。
このように,新型コロナウィルス感染症対策としてのテレワークには現実の課題がありますが,労働法の関係でも一定の要件をクリアしなければなりません。
というのは,テレワークといっても労働の場所が自宅というだけですので,労働時間の管理が必要となります。そして,在宅勤務用の労働時間をもうけるのであればその労働時間に関する規定が就業規則に定められる必要があります(労働基準法89条1項1号)。また,テレワークに必要なパソコン等の機材や通信費の負担をどうするかについてのルール作りも必要であり,その点も就業規則に定める必要があります(労基法89条1項5号)。
こうしたことから,就業規則の作成義務のある会社(常時10人以上の労働者を使用する使用者)がテレワークを実施しようとするには,就業規則にテレワークをするための規定が定められる必要があります(労基法89条)。
就業規則作成義務のない会社等であっても,上記の事項についての労使協定を結んだり,労働条件通知書で労働者に通知するなどの対応が必要です。
このように,労働法上,就業規則にテレワークに関する規定を定めていない場合は,いきなりテレワークを実施することはできません。
就業規則にテレワークに関する規定を定めていない会社がテレワークを実施できるようにするには,規定の作成,労基署への届出,労働者への周知等一連の手続が必要であり,そのために一定の日数を要することになります。
平時であればこれらの一連の手続きをとる時間的余裕があると思います。
しかし,現在は新型コロナウィルスの感染が全国的に拡大し,新型インフルエンザ対策特別措置法による緊急事態宣言が出されている非常時です。
ですので,政府としては,就業規則にテレワークに関する規定が整備されていない会社にも,就業規則の整備を後回しにすることを認めて(労働時間等に関する規定を順守することを大前提として),テレワークを可能にする緊急避難的な対応を可能にする措置が必要なのではないでしょうか。
政府は,テレワーク実施のための体制の整備されていない主に中小企業に対して,テレワーク用通信機器の導入・運用,就業規則・労使協定等の作成・変更,労務管理担当者に対する研修,労働者に対する研修,周知・啓発等を対象とする助成を始めたようです(「新型コロナウィルス感染症対策のためのテレワークコースの助成」)。
しかし,専門家の支援により就業規則を変更し,労働基準監督署に届け出るとともに労働者に周知してからでは,新型コロナウィルス対策がまたしても後手に回る結果になってしまうのではないでしょうか。テレワークだけが新型コロナウィルス感染症対策ではありませんが,全ての方策を総動員すべき状況に至っていることは明らかですので,この際,やれることは全てやるという覚悟が求められていると思います。
非常時にはそれに相応しい柔軟な対応が認められてしかるべきではないでしょうか。
東京都知事の休業要請
2020年4月10日
安倍晋三首相(政府対策本部長)は,本年4月7日,新型インフルエンザ対策特別措置法(以下,「特措法」といいます。)に基づいて,東京都,千葉県,埼玉県,神奈川県,大阪府,兵庫県,福岡県の7都府県を区域とする緊急事態宣言を公示しました。この緊急事態宣言を受けて,翌日から,多くのデパートや大規模商業施設等は休業しました(一部のデパートは食料品売り場のみ営業しているものもあります。)。
ところで,緊急事態宣言が公示されると,都道府県知事は,住民に対する外出制限(特措法45条1項)や,学校等に対し,施設の使用や催物の開催の制限や停止等を要請することができます(特措法45条2項)。
知事が使用等の制限(休業)の要請ができるのは,学校の他,
劇場,観覧場,映画館又は演芸場(特措法施行令11条4号)
百貨店,マーケットその他の物品販売業を営む店舗(食品,医薬品等の売場を除く。)(同7号)
キャバレー,ナイトクラブ等の遊興施設(同11号)
理髪店,質屋等のサービス業を営む店舗(同12号)
などですが,上記の施設のうち,使用等の制限の要請が可能なのは,いずれも「その建築物の床面積の合計が千平方メートルを超えるものに限る。」とされています(特措法施行令11条但書)。なお,令和2年4月7日付厚労省告示により,上記の劇場等の一部施設は,床面積が1千㎡を超えないものでも使用制限の要請が可能となりました(令和2年厚労省告示第175号)。
この点,小池百合子東京都知事は,当初,デパートやホームセンターなどの商業施設,理美容業などのサービス業に対しても広く休業を求める方針だったようです。しかし,対象となる業種を絞るよう求めた政府との協議を経て,デパートやホームセンター,理容業を対象に含めない方針に変更しました。
そのうえで,小池都知事は,4月10日,特措法24条9項の規定(知事が,「新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるとき」,必要な協力の要請をすることができる。)に基づく要請をしたのでした。
したがって,既に休業を実施しているデパート等は,知事の要請がされないうちに休業を始めたことになります。
本来であれば,知事の要請があった後に休業の措置を決めるのが順序のようにみえますが,デパート等は,新型コロナウィルスのこれ以上の感染拡大を防ぐため,緊急事態宣言の公示を契機として,知事の要請前に休業の措置をとったものと考えられます。この判断は,企業の社会的責任という観点から説明することが可能といえるのではないでしょうか。
他方,特措法24条9項による要請か45条2項による要請かにかかわりなく,要請がされた場合の対応をどのようにするべきでしょうか。
もちろん,いずれも「要請」であり強制力を伴うものではありませんので,「要請」の対象となった業種の営業主は,独自の判断で営業を継続することが可能です。
しかし,仮に要請に従わずに営業を継続したとして,そこがクラスターの発祥地になってしまった場合はもちろん,感染がますます拡大していった場合,営業継続と感染拡大との因果関係が不明であったとしても,大きな社会的非難を受け,新型コロナウィルスの感染が終息した後の事業継続に影響を及ぼす可能性があります。
厳重な消毒や飛沫拡散防止策等をとったとしても,営業継続は外出自粛要請の効果を減殺するともいえますので,結局,営業継続が非難の対象になるリスクは残ります。
こうしてみると,他の国のような強制力のない「要請」であっても,営業を休業するという選択が新型コロナ終息後の事業継続の観点からみてもっとも賢明でしょうし,何より新型コロナウィルスをこれ以上拡大させないという大目標のためにも,一定期間の休業が必要であると思われます。
新型コロナウィルスによる緊急事態宣言
2020年4月7日
新型コロナウィルスの感染拡大が止まりません。
一昨日(4月5日)には,東京都で新たに感染が確認された人が140人を超えてしまいました。ニューヨーク市での感染拡大の状況と似ていますので,ここで感染拡大を押さえ込まないと,近日中に東京がニューヨーク市と同様の医療崩壊に陥ることさえあり得ます。
そうしたなか,政府は,本日,緊急事態宣言を出すようです。遅きに失したという観は否めませんが,これ以上の感染拡大を食い止めるため最後のカードを切ったということでしょう。
ところで,この緊急事態宣言ですが,新型インフルエンザ対策特別措置法(平成24年法律第31号)を根拠にしています(以下,「特措法」といいます。)。
特措法は,平成21年に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)の経験を踏まえ,平成24年に制定されましたが,特措法32条は,新型インフルエンザ等が国内で発生し,その全国的な急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし,又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるとき,実施期間,実施すべき区域,概要とともに,緊急事態が発生した旨の公示をすると定めています。そして,この「政令で定める要件」は,新型インフルエンザ等に感染し,又は感染したおそれがある経路が特定できない場合(第1号),新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由のある場合(第2号)とされています(特措法施行令6条)。
このたび,今回の新型コロナウィルスの感染拡大を契機として,特措法が改正され
新型コロナウイルス感染症(病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和2年1月に,中華人民共和国から世界保健機関に対して,人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるものに限る。)
も新型インフルエンザとみなすとされ(特措法附則第1条の2),期間の限定があるものの新型コロナウィルスにも特措法が適用されることになったのでした。
緊急事態宣言がされると,対象となる都道府県の知事は
生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる
とされます(特措法45条1項)。また,知事は,
学校,社会福祉施設,興行場その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者に対し,当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
とされ(特措法45条2項),場合によっては,「指示」をすることも認められています(特措法45条3項)。
しかし,これらはあくまでも「要請」やせいぜい「指示」であり強制力が認められているわけではありません。
特措法上一定の強制力が認められるのは,
① 「臨時の医療施設を開設するため,土地,家屋又は物資(土地等)を使用する必要がある」のに,土 地等の所有者等が「正当な理由がないのに同意をしないとき」などの場合,「同意を得ないで,当該土地等を使用することができる。」(特措法49条2項)
② 医薬品等の「新型インフルエンザ等緊急事態措置の実施に必要な物資」を生産等する所有者が,「正当な理由がない」のに「要請に応じないとき」は,「当該特定物資を収用することができる。」(特措法55条2項)
③ 上記医薬品等の物資を生産等する所有者に対し,医薬品等の保管を命ずることができる(特措法55条3項)。
だけです。
今回の新型コロナウィルスの感染拡大により,ロックダウン(都市封鎖)が取りざたされますが,特措法では,ロックダウン(都市封鎖)をすることまでは認められていません。
なお,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症予防法)には,
都道府県知事は,一類感染症のまん延を防止するため緊急の必要があると認める場合であって,消毒により難いときは,政令で定める基準に従い,72時間以内の期間を定めて,当該感染症の患者がいる場所その他当該感染症の病原体に汚染され,又は汚染された疑いがある場所の交通を制限し,又は遮断することができる。
として,一定の要件の下でのロックダウン(都市封鎖)を実施することを認めています(第33条)。今回,新型コロナウィルスも感染症予防法の「感染症」に加えられ(令和2年政令第59号),感染症予防法によるロックダウンも可能なのですが(令和2年政令第60号),最大72時間という制限付ですので,感染症予防法によっても,欧米で実際されているような長期間の都市封鎖を行うことはできません。
このように,特措法における緊急事態宣言には国民生活を直接制限する強制力に乏しいといえます。
とはいえ,感染拡大を食い止めるためには,国民や企業がそれぞれ適切な対応をとる必要があることはいうまでもありません。
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