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弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

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同一労働同一賃金の施行

2020年4月2日

民法の改正債権法が施行された本年4月1日,働き方改革関連法においても,同一労働同一賃金を定めた部分が施行されました(但し,本年から適用になるのは大企業のみであり,中小企業における適用は令和3年4月1日からです。)。

なお,同じ働き方改革関連法では,長時間労働の是正,多様で柔軟な働き方の実現等の部分が大企業について適用されていましたが,本年4月1日から,中小企業についても適用になりました。

さて,この同一労働同一賃金の点ですが,要するに,短時間・有期雇用労働者に関する同一企業内における正規雇用労働者との不合理な待遇の禁止に関し,個々の待遇ごとに,当該待遇の性質,目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨を明確化するものです。この改正に併せて,該当する条項をこれまでの労働契約法(同法第20条)から,「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」に移されました。

法は,同一労働同一賃金について,

 事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において,当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。

と定めております(法8条)。

とはいえ,どのような場合に「合理的な相違」といえるのか必ずしも明確とはいえません。

この点,厚労省はガイドラインの中で

 基本給が,労働者の能力又は経験に応じて支払うもの,業績又は成果に応じて支払うもの,勤続年数に応じて支払うものなど,その趣旨・性格が様々である現実を認めた上で,それぞれの趣旨・性格に照らして,実態に違いがなければ同一の,違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。

 昇給であって,労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについては,同一の能力の向上には同一の,違いがあれば違いに応じた昇給を行わなければならない。

 役職手当であって,役職の内容に対して支給するものについては,同一の内容の役職には同一の,違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。

 そのほか,業務の危険度又は作業環境に応じて支給される特殊作業手当,交替制勤務などに応じて支給される特殊勤務手当,業務の内容が同一の場合の精皆勤手当,正社員の所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った場合に支給される時間外労働手当の割増率,深夜・休日労働を行った場合に支給される深夜・休日手当の割増率,通勤手当・出張旅費,労働時間の途中に食事のための休憩時間がある際の食事手当,同一の支給要件を満たす場合の単身赴任手当,特定の地域で働く労働者に対する補償として支給する地域手当等については,同一の支給を行わなければならない。

などとしています。

このように,ガイドラインには一定の判断基準が示されていますが,会社ごとにいろいろな名称,内容の給与や手当が支給されていることから,さらに細かく分析するには,これまでの裁判例を検討する必要があります。

この点,最高裁は,平成30年6月1日,同一労働同一賃金に関する2つの事件について判決をしました。

事件は,どちらも自動車運送事業をしている会社に関するものですが,一つは有期労働契約を締結している社員(契約社員)に関する事件(以下,「契約社員事件」といいます。),他は,会社を定年退職した後に有期労働契約を締結した社員(嘱託社員)に関する事件です(以下,「嘱託社員事件」といいます。)。

契約社員事件では,有期労働契約を締結している社員(契約社員)には,正社員に認められている無事故手当,作業手当,休息手当,住宅手当,皆勤手当及び家族手当の支給がなく,賞与及び対処金の支給並びに定期昇給も原則としておらず,また,交通手段及び通勤距離が同じ正社員と比較して,通勤手当の支給額が2000円少ないとの相違もありました。

この契約社員事件について,裁判所は,契約社員に無事故手当,作業手当,給食手当,皆勤手当を支給しないという相違や通勤手当の内容に差異を設けていたことが不合理であると判断しました。

嘱託社員事件の方ですが,無期労働契約を締結している社員には,基本給,能率給,職務給,精勤手当,無事故手当,住宅手当,家族手当,役付き手当,超勤手当,通勤手当,賞与を支給するとされているのに対し,会社を定年退職した後に有期労働契約を締結した社員(嘱託社員)には,基本賃金,歩合給,無事故手当,調整給,通勤手当,時間外手当を支給することなどが定められていました。

このような会社において,嘱託社員が,①能率給及び職務給が支給されず,歩合給が支給されること,②精勤手当,家族手当,役付手当が支給されないこと,③時間外手当が正社員の超勤手当より低く計算されること,④賞与が支給されないこと,が不合理であるなどとして訴えた事件について,裁判所は,精勤手当を支給しないことが不合理であるとしたほか,時間外労働(超勤手当)に係る相違は不合理であるとしましたが,その余の請求は認めませんでした。

このような裁判例の検討をもとに,賃金規定を整備する必要があります。

 

カルロス・ゴーン被告の海外逃亡

2020年1月9日

もう少しで年が明けるというところで,カルロス・ゴーン被告が,日本を不法に出国し,レバノンにいることがわかり,世界的に大騒ぎになっています。

ゴーン被告は,1月8日,レバノンで特定のメディアを集めて会見を行い,自分の無実を主張する一方で,我が国から不法に出国した経緯の説明を拒否しました。無実というのであれば,日本の裁判所で無罪判決を勝ち取ればいいだけのことですから,裁判を免れるため,音響機器用のケースに隠れて国外逃亡をした以上,あまり説得的でないことは明らかでしょう。

ただ,我が国が犯罪人引渡条約を結んでいるのは米国と韓国の2か国のみであり,日本との間で犯罪人引渡条約を結んでいないレバノン政府は,日本政府からゴーン被告の身柄の引渡を求められても,これに応じる義務はありませんし,引渡に応じることはなさそうです。ですので,ゴーン被告が再び我が国の土を踏むことはなさそうです。

そうなると問題となるのは,ゴーン被告に対する刑事裁判がどうなるかです。

刑事訴訟法は,軽微事件(原則として50万円以下の罰金又は科料に当たる事件)等一定の場合を除いて,「被告人が公判期日に出頭しないときは,開廷することができない。」と定めています(286条)。

ゴーン被告に対する公訴事実は,有価証券報告書の虚偽記載と会社法の特別背任であり,法定刑は,それぞれ10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金(又はこの併科)であり(金商法197条1項1号,会社法960条),軽微事件ではありませんので,ゴーン被告が出頭しない限り期日を開廷することはできません。

なお,刑訴法は,「被告人が出頭しないでも,その期日の公判手続を行うことができる。」場合があることを定めていますが,これは,「勾留されている被告人が,公判期日に召喚を受け,正当な理由がなく出頭を拒否し,監獄官吏による引致を著しく困難にした」という要件が必要ですので(286条の2),ゴーン被告には当てはまらないことになります。

したがって,ゴーン被告が裁判所に出頭しない限り開廷することができず,裁判所が有罪,無罪の判断をすることもできないことになります。

また,今回の件では,ゴーン被告の逃亡を受けて,東京地検が,裁判所の捜索差押許可状を得て,ゴーン被告が使用していたパソコンを押収しようとしましたが,弁護人がこれを拒否しました。この根拠となるのは刑訴法105条であり,同条は,「医師,歯科医師,助産師,看護師,弁護士(外国法事務弁護士を含む。)弁理士,公証人,宗教の職に在る者又はこれらの職に在った者は,業務上委託を受けたため,保管し,又は所持する物で他人の秘密に関する物については,押収を拒むことができる。」とされており,弁護人はこの条文を根拠としてパソコンの提出を拒否したのでした。

いずれにせよ,ゴーン被告が裁判所に出頭し,開廷することは(おそらく永遠に)できなくなったと考えられます。そうすると,ゴーン被告に対する判決がされることも永遠になくなったといえます(裁判所は,ゴーン被告が死亡すれば,控訴棄却の決定をすることになるのでしょうが,ずいぶん先のことになると思われます。)。

刑事訴訟の大原則は,有罪判決が確定するまでは,被告は無罪の推定を受けるということです(国際人権規約等)。つまり,ゴーン被告に対して有罪判決がされる可能性が永遠になくなったということは,実質無罪と同じです。

ゴーン被告は,内外の専門家から,海外に逃れれば日本の裁判所の裁判を受ける必要がなくなる,つまり有罪判決を受ける可能性もなくなる旨のアドバイスを受けていたでしょうし,それを踏まえて,このような違法な手段による国外逃亡をしたと考えられます。

ゴーン被告は,不法出国という違法な手段により,実質無罪を勝ち取ったのでした。

 

 

リクナビの問題

2019年8月23日

株式会社リクルートキャリアが運営していたリクナビが大きな問題となっています。

これは,リクナビのサービス(リクナビDMPフォロー 以下,「本サービス」といいます。)において,サイトに登録した特定の学生の内定辞退率を算定し,企業に提供していたというものです。

リクルートキャリア社のホームページを拝見すると,本サービスは,

① 前年度の応募学生のリクナビ上での行動ログなどのデータを解析し,その企業に対する応募行動についてのアルゴリズムを作成する。

② 企業から提供された応募学生の行動ログを照合し,当該学生の内定辞退率を算出する。

③ 算出した結果を企業に提供する。

とまとめることができ,「企業は適切なフォローを行うことができ,学生にとっては,企業とのコミュニケーションを取る機会を増やす」ことを目的とするそうです。ありていにいえば,AIを使って分析した前年度の学生の応募行動を分析し,特定の学生の内定辞退の可能性を数値化するということです。企業からすれば,是非とも入社してほしい学生の内定辞退を回避し,あるいは限られた人員で最も効率的に学生獲得を可能にするために利用するサービスだろうと思われます。

そうしたところ,本サービスが個人情報保護法に抵触するのではないかと指摘されています。

すなわち,個人情報保護法では,個人情報取扱事業者が個人情報を第三者に提供するには,予め本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとしています(法23条1項)ので,採用企業とリクルートキャリア社との間で,学生の個人情報をやり取りしたことが個人情報保護法に抵触する可能性があります。

ただ,今回のケースでは,学生が企業にエントリーする際,あるいは,リクナビに登録した際に,一般的な文言での第三者提供の同意を得ていたようですし,リクナビは,本サービスにおいて,「サイトから取得した行動履歴を分析し利用」,「採用活動補助のための企業へ提供」する旨の規約を定め,学生の同意を得ていたとされます(日経8月2日)。それが事実とすれば,登録した学生は,このような記載のある規約に同意した上で,サイトに登録していたことになりますので,個人情報保護法に明確に違反しているとまではいえないと考えられます。

ただ,リクルートキャリア社の調査の結果,リクナビが本サービスを開始するに当たり,本サービスに言及したプライバシーポリシーへの同意を取得されていない事例が発見されたとのことです。そうすると,個人情報保護法に違反している可能性も十分考えられます。

そのためもあるでしょうが,本サービスは廃止されることになってしまいました。

また,報道によると,個人情報保護委員会が,上記の規約の文言について,「どう使われるか本人に分かるようにしないと不十分」として,リクルートキャリア社に聞き取りをしたとされます(日経8月2日記事)。

確かに,個人情報保護法は,「個人情報取扱事業者は,個人情報を取り扱うに当たっては,その利用の目的をできる限り特定しなければならない。」と定めています(法15条)ので,上記の程度の表現では「特定」が不十分との評価もあり得ます。ただ,具体的にどの程度まで特定するかについては,各事業者の判断となり,最終的には社会常識によって判断されることになろうかと思われます。

この点,本サービスでは,上記のとおり「サイトから取得した行動履歴を分析し利用」,「採用活動補助のための企業へ提供」との表現の規約があり,ある程度特定されているとも考えられます。おそらくリクルートキャリア社は,本サービスを開始するに当たり,事前に弁護士によるリーガルチェックを受け,上記の規約であれば個人情報保護法が求める「特定」として十分であるとの意見を得ていたはずですし,実際,規約の「特定」には問題がないように思われます。 「どう使われるか本人に分かるようにしないと不十分」とのご指摘ももっともですが,全ての場合を想定して規約を作ることは難しいでしょうし,次々に新たなサービスが生み出される昨今の状況で,新たなサービスを始めるに当たって,そのたびごとに新たな同意をとることも実際は難しいように思われます。

では,なぜここまで大きな問題になったのかと考えると,学生本人が知らないまま,本人に対する評価がされ,その情報がやりとりされていたことに対する不快感,不安感なのだろうと思います。

実は,この個人についての評価ないし信用の格付自体は既に実用化されているわけで,中国では個人の信用力をデータ化する「データエコノミー」が当たり前のように行われているとのことです。我が国においても,信用の格付けサービスは既に実施されているのだろうと思いますが,今回のリクナビの件から推測して,大きな拒否反応が生じる可能性があります。したがって,我が国において信用の格付けサービスを提供する場合,単に法律に違反しなければいいというのではなく,規約の文言を特定するとともに,本人の同意をきちんと取得して,本人の意思に反しないことが一義的に明確化しておかないと,今回のリクナビのように,不快感,不安感に基づいた反発が生じることになるのではないかと思われます。

このように,個人情報の取扱いの難しさは,単に,違法でなければいいということではないところにあるといえます。リクナビの問題は,個人情報保護の重要性が高まっている昨今の情勢で,個人情報の取扱の難しさを改めて認識させられることとなりました。

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