東京・銀座の弁護士

弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

コラム Column

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リクナビの問題

2019年8月23日

株式会社リクルートキャリアが運営していたリクナビが大きな問題となっています。

これは,リクナビのサービス(リクナビDMPフォロー 以下,「本サービス」といいます。)において,サイトに登録した特定の学生の内定辞退率を算定し,企業に提供していたというものです。

リクルートキャリア社のホームページを拝見すると,本サービスは,

① 前年度の応募学生のリクナビ上での行動ログなどのデータを解析し,その企業に対する応募行動についてのアルゴリズムを作成する。

② 企業から提供された応募学生の行動ログを照合し,当該学生の内定辞退率を算出する。

③ 算出した結果を企業に提供する。

とまとめることができ,「企業は適切なフォローを行うことができ,学生にとっては,企業とのコミュニケーションを取る機会を増やす」ことを目的とするそうです。ありていにいえば,AIを使って分析した前年度の学生の応募行動を分析し,特定の学生の内定辞退の可能性を数値化するということです。企業からすれば,是非とも入社してほしい学生の内定辞退を回避し,あるいは限られた人員で最も効率的に学生獲得を可能にするために利用するサービスだろうと思われます。

そうしたところ,本サービスが個人情報保護法に抵触するのではないかと指摘されています。

すなわち,個人情報保護法では,個人情報取扱事業者が個人情報を第三者に提供するには,予め本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとしています(法23条1項)ので,採用企業とリクルートキャリア社との間で,学生の個人情報をやり取りしたことが個人情報保護法に抵触する可能性があります。

ただ,今回のケースでは,学生が企業にエントリーする際,あるいは,リクナビに登録した際に,一般的な文言での第三者提供の同意を得ていたようですし,リクナビは,本サービスにおいて,「サイトから取得した行動履歴を分析し利用」,「採用活動補助のための企業へ提供」する旨の規約を定め,学生の同意を得ていたとされます(日経8月2日)。それが事実とすれば,登録した学生は,このような記載のある規約に同意した上で,サイトに登録していたことになりますので,個人情報保護法に明確に違反しているとまではいえないと考えられます。

ただ,リクルートキャリア社の調査の結果,リクナビが本サービスを開始するに当たり,本サービスに言及したプライバシーポリシーへの同意を取得されていない事例が発見されたとのことです。そうすると,個人情報保護法に違反している可能性も十分考えられます。

そのためもあるでしょうが,本サービスは廃止されることになってしまいました。

また,報道によると,個人情報保護委員会が,上記の規約の文言について,「どう使われるか本人に分かるようにしないと不十分」として,リクルートキャリア社に聞き取りをしたとされます(日経8月2日記事)。

確かに,個人情報保護法は,「個人情報取扱事業者は,個人情報を取り扱うに当たっては,その利用の目的をできる限り特定しなければならない。」と定めています(法15条)ので,上記の程度の表現では「特定」が不十分との評価もあり得ます。ただ,具体的にどの程度まで特定するかについては,各事業者の判断となり,最終的には社会常識によって判断されることになろうかと思われます。

この点,本サービスでは,上記のとおり「サイトから取得した行動履歴を分析し利用」,「採用活動補助のための企業へ提供」との表現の規約があり,ある程度特定されているとも考えられます。おそらくリクルートキャリア社は,本サービスを開始するに当たり,事前に弁護士によるリーガルチェックを受け,上記の規約であれば個人情報保護法が求める「特定」として十分であるとの意見を得ていたはずですし,実際,規約の「特定」には問題がないように思われます。 「どう使われるか本人に分かるようにしないと不十分」とのご指摘ももっともですが,全ての場合を想定して規約を作ることは難しいでしょうし,次々に新たなサービスが生み出される昨今の状況で,新たなサービスを始めるに当たって,そのたびごとに新たな同意をとることも実際は難しいように思われます。

では,なぜここまで大きな問題になったのかと考えると,学生本人が知らないまま,本人に対する評価がされ,その情報がやりとりされていたことに対する不快感,不安感なのだろうと思います。

実は,この個人についての評価ないし信用の格付自体は既に実用化されているわけで,中国では個人の信用力をデータ化する「データエコノミー」が当たり前のように行われているとのことです。我が国においても,信用の格付けサービスは既に実施されているのだろうと思いますが,今回のリクナビの件から推測して,大きな拒否反応が生じる可能性があります。したがって,我が国において信用の格付けサービスを提供する場合,単に法律に違反しなければいいというのではなく,規約の文言を特定するとともに,本人の同意をきちんと取得して,本人の意思に反しないことが一義的に明確化しておかないと,今回のリクナビのように,不快感,不安感に基づいた反発が生じることになるのではないかと思われます。

このように,個人情報の取扱いの難しさは,単に,違法でなければいいということではないところにあるといえます。リクナビの問題は,個人情報保護の重要性が高まっている昨今の情勢で,個人情報の取扱の難しさを改めて認識させられることとなりました。

同一労働同一賃金

2019年8月5日

平成30年にいわゆる働き方改革関連法案が成立しましたが,この改正法の大きな柱は,長時間労働の是正,多様で柔軟な働き方の実現,雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保(いわゆる同一労働同一賃金)になります。このうちの長時間労働の是正の部分は平成31年4月1日から施行されています(但し,中小企業に対しては1年間猶予され,令和2年4月1日から)。

他方,同一労働同一賃金の部分は,いよいよ令和2年4月1日から施行されることになります(中小企業の場合,施行は令和3年4月1日から)。同一労働同一賃金は,正規雇用労働者と非正規労働者との間に存在する不合理な待遇差を解消することが目的となっています。

ここで,「非正規雇用労働者」とは,短時間労働者(1週間の所定労働時間が同一の事業主に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比し短い労働者。いわゆる「パートタイム」),有期雇用労働者(事業主と期間の定めのある労働契約を締結している労働者),派遣労働者のことです。

短時間労働者(パートタイム)については,従来,「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(いわゆる「パートタイム労働法」)により一定の配慮がされていましたが,この度の働き方改革関連法では,「有期雇用労働者」というカテゴリーを創設し,短時間労働者とともに有期雇用労働者を対象に含めて正規労働者との待遇差を解消することを目指すこととし,名称も「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」に変更されました(以下では「改正法」といいます。)。

改正前のパートタイム労働法では,パートタイム労働者について,

 その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるものについて,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱をしてはならない。(パート法9条)

とされていたのを,改正法では,

 その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるものについて,短時間・有期雇用労働者であることを理由として,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,差別的取扱をしてはならない。(改正法9条)

とされました(いわゆる均等待遇規定)。

また,いわゆる均衡待遇規定(パート法8条)も

 事業主が,その雇用する短時間労働者の待遇を,当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては,当該待遇の相違は,当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない。

とされていたのを,改正法では

 事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において,当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。

とされました(いわゆる均衡待遇規定)。均衡が求められる待遇としては,「基本給,賞与」のほかには,役職手当,食事手当,福利厚生,教育訓練などが考えられます。

他方,派遣労働者についても不合理な待遇差を解消するための規定の整備がされました。

すなわち改正前の労働者派遣法では,派遣労働者と派遣先労働者の待遇差について,均等待遇規定,均衡待遇規定はありませんでした(配慮義務規定のみ)が,法改正により,

① 派遣先の労働者との均等・均衡待遇

② 一定の要件を満たす労使協定による待遇

のいずれかを確保することを義務化しました。

上記の①の均等・均衡待遇ですが,改正後の第30条の3では,第1項で

 派遣元事業主は,その雇用する派遣労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する派遣先に雇用される通常の労働者の待遇との間において,当該派遣労働者及び通常の労働者の職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。

とされ(均等待遇規定),第2項で

 派遣元事業主は,職務の内容が派遣先に雇用される通常の労働者と同一の派遣労働者であって,当該労働者派遣契約及び当該派遣先における慣行その他の事情からみて,当該派遣先における派遣就業が終了するまでの全期間における当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては,正当な理由がなく,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する当該通常の労働者の待遇に比して不利なものとしてはならない。

とされました(均衡待遇規定)。

また,②ですが,派遣元事業主が,労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数代表者と一定の要件を満たす労使協定を締結し,当該協定に基づいて待遇を決定することです。例えば,賃金決定方法として,

(ア) 協定対象の派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金額と同等以上の賃金額となるもの

(イ) 派遣労働者の職務内容,成果,意欲,能力又は経験等の向上があった場合に賃金が改善されるもの

という要件とか,派遣労働者の職務内容,成果,意欲,能力又は経験等を構成に評価して賃金を決定することといった要件を満たした内容であることが必要です。派遣元事業主は,②の方法を選択した場合は,①の方法は適用しないと定められています(第30条の4 1項)。

また,改正法により,待遇に関する説明義務の強化がされ,有期雇用労働者については,雇い入れ時において,本人の待遇内容及び待遇決定に際しての考慮事項に関する説明義務が明記されるとともに,短時間労働者,有期雇用労働者,派遣労働者とも,事業主に対し,正規雇用労働者との待遇差の内容・理由等を説明するよう求めた場合,事業主がこれに回答する義務が明記されるとともにこのような説明を求められた場合,不利益取扱いをすることが禁止されました。

このように,いわゆる非正規労働者についても,正規労働者と均等,均衡のとれた待遇をする必要があり,正規雇用労働者と異なる待遇をするのであれば,合理的な理由が存する旨の説明をできるようにしておくことが必要です。

 

 

吉本興業の危機管理能力

2019年7月27日

吉本興業の芸人さん(宮迫博之氏,田村亮氏ら)が,事務所を通さずに振り込め詐欺グループが関与するパーティーに出演したこと等で処分を受け,さらに,宮迫氏との契約(吉本興業は「マネジメント契約」と表現しています。)を解消しました(令和元年7月19日)。

そうしたところ,7月20日,宮迫氏と田村氏が記者会見を行い,そこで,吉本興業の岡本昭彦社長らとの面談の際,宮迫氏らが会見を開きたいと希望したのに対し,岡本社長らから,「記者会見はさせるつもりはない」,「お前らテープ回してないだろうな。」,「(会見をするなら)お前辞めて一人ですればいい。そうしたら,連帯責任で全員首にするからな。それでもいいなら会見をしろ。俺にはお前ら全員首にする力がある。」などと言われたと明らかにしました。この会見を受けて,吉本興業は,7月22日,岡本社長らが会見を行い,そこで,宮迫氏らに対する処分を撤回するとともに,一連らの問題の責任をとるとして,岡本社長と大﨑会長の報酬を1年間50%カットする処分を行うと発表しましたが,逆に大バッシングを受ける事態に陥ってしまいました。

この一連の流れは,昨年発生した日大アメリカンフットボール部の違法タックル問題での日大の迷走と重なっていました。

日大の件は,アメリカンフットボールの交流戦で,日大選手が相手選手に対して「これまで見たこともないレベル」の反則行為を行ったことがネットで騒がれ始めたものの,大学側はこれといった対応をしないうちに,反則行為をした選手が独自に顔出しの会見を開き,当該反則行為は,監督とコーチの「(相手のQBを)潰してこい」との指示によるものだったと公表したのでした。この会見を受けて,監督とコーチが釈明の会見をしたものの,理解が得られるような内容でなかったことに加え,司会者が会見を一方的に打ち切ると言い出すなどしたため,大荒れになってしまい,「危機管理の典型的な失敗事例として記憶される」(日経新聞コラム)と評されるものになってしまいました。

今回の吉本興業の一連の対応も,問題発覚後タイムリーな反応をしない→当事者が実情を公表→準備不足のまま釈明会見→炎上という点で,昨年の日大の場合とよく似ています。

宮迫氏らに対する処分をした理由も,処分を撤回するとした理由もよく分かりませんでしたし,問題の原因の究明や改善策も不明のままでしたので,全く釈明の会見になっていなかったといわざるを得ません。その意味で,今回の吉本興業の対応は泥縄式であり,緊急事態における他の失敗例を教訓にした備えをしていなかったといわざるを得ません。

今回の吉本興業の件では,危機対応のまずさという点はもちろんですが,そもそも論として,吉本興業と所属する芸人さんとの契約関係の曖昧さが根本問題としてあるように思われます。

すなわち,吉本興業は多数の芸人さんを抱えているにもかかわらず,明確な契約書面をとりかわしていないというのです。現代社会では,契約書を作成するのは当たり前であり,労働契約であれば労働契約書,業務委託契約であれば業務委託契約書を作成し,権利義務関係を明確にすることが常識となっています。ところが,吉本興業の場合,芸人さんとの間で書面を取り交わしていなかったのは現代の契約社会にあって極めて前近代的というほかありません。

岡本社長の言い方によれば,会社が親,芸人さんたちは子どもとのことですから,本来ビジネスであるべき芸人さんとの法的な権利義務関係をあいまいなままにしておき,「家族」意識を植え付けて,盲目的服従を迫るという構造だったのだろうと思います。その上で,会社の方針に刃向かう者には(今回の宮迫さんらのように),「そうしたら,連帯責任で全員首にするからな。それでもいいなら会見をしろ。俺にはお前ら全員首にする力がある。」といった発言が当たり前のように出てきてしまうわけです。

これは企業風土というものであり,おそらく会社設立以来の伝統なのではないかと想像します。その意味で,この風土を改めることは相当の困難が伴うと考えられますが,今回の問題を受けて,この風土を変えていかなければ,再び不祥事が発覚したとき,同じような失敗をくり返すおそれがあります。

吉本興業がこれからもお笑い業界のトップを走るのか,それとも再び問題を起こして社会からバッシングを受けるのかの岐路に立たされていることは間違いありません。

 

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