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弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

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電子記録債権法

2022年10月20日

 一般社団法人全国銀行協会は,2022年(令和4年)11月4日から電子交換所における約束手形等の交換決済を開始し,一方で11月2日で全国の手形交換所の業務を終了するとしています。  約束手形の決済は,これまで手形交換所による交換決済が必要で,実際の支払いまでに数日を要するとされていましたが,電子交換所システムにすることで最短3営業日で決済されるようになるとのことです(日経新聞)。

 この約束手形は,振出人が手形用紙に一定の金額の支払い約束をして受取人に交付することにより権利が発生し,受取人は,支払期日に額面金額の支払いを受けることも裏書きにより第三者に譲渡することも可能です。しかし,書面による約束手形は紛失,盗難のリスクが避けられませんし,電子化された社会において,書面による手続が必ずしも合理的でないことは明らかです。 

 こうした書面の約束手形の難点を克服するため,平成20年に電子記録債権法が施行されました。

 この法律は,権利内容を電子債権記録機関の記録原簿に記録事項を電子的に記録することによって債権の存在,帰属を管理するとしています。つまり,約束手形の振出人に当たる「電子債権義務者」と受取人に当たる「電子債権権利者」双方が請求者の氏名又は名称及び住所その他の電子記録の請求に必要な情報を電子債権記録機関に提供すると(発生記録の請求),電子債権記録機関が記録原簿に発生記録を行い,電子記録債権が発生することになります。

 債権者はこの権利を第三者に譲渡することも可能であり,その場合は,譲渡人となる者(電子記録義務者)と譲受人となる者(電子債権権利者)双方が電子債権記録機関に電子記録を請求すると記録原簿に譲渡記録がされ,譲受人が債権の支払を受ける権利を取得することになります。

 支払期日に金融機関を利用して債務者口座から債権者口座に払い込みによる支払が行われた場合は,電子記録債権は消滅し,電子債権記録機関は金融機関から通知を受けることにより遅滞なく「支払等記録」をします。

 このように電子記録債権は,基本的に約束手形と同様の仕組みで設計されており,善意取得(法19条)や人的抗弁の切断(法20条)等取引の安全を確保する措置も講じられています。

 金融庁によると,電子債権記録機関として指定を受けた会社は令和3年9月8日時点で合計5社あり,法律とそれぞれの会社が定めるルール(業務規程)により業務が運営されることになっています(法56条)。そのうちの一つである株式会社全銀電子債権ネットワークが運営する「でんさいネット」では,2021年度の「でんさい請求取扱高」(発生記録請求金額)が約28兆8000億円,「でんさい利用者登録数」が約46万7000社とのことであり,利用が拡大していることがうかがわれます。

 このように,電子記録債権は約束手形に代わる決済手段ということになりますが,債権者,債務者,債権譲受人等の全ての関係者がこの仕組みに参加することが必要であり,その点のハードルをクリアしないといつまでも書面による約束手形が存続することになります。

 しかし,業務の効率化に電子化は不可欠であることから,いまさら紙の約束手形にこだわることは,会社の経営にとってマイナスになると考えられます。

日野自動車

2022年9月7日

日野自動車株式会社は,2022年3月,日本市場向け車両用エンジンの排出ガス及び燃費に関する認証申請における不正行為を確認したとして,大型エンジン,中型エンジンの3機種とその搭載車両の出荷を停止しましたが,同年8月2日,これら大型エンジン等に関する不正行為の詳細や再発防止策などを明らかにした特別調査委員会の調査報告書を公表しました。ただ,この調査では,小型エンジン(N04C(HC-SCR)/2019年モデル 以下,「2019年モデルエンジン」といいます。)は対象とされませんでした。

 ところが,8月3日以降,国土交通省による立入検査を受けたところ,排出ガス劣化耐久試験に関する新たな不正行為が明らかになり(2022年8月22日付「エンジン認証に関する追加の判明事項について」),その結果,日野自動車は,2019年モデルエンジンが搭載された小型トラック(日野デュトロ)についても出荷を停止する措置をとり,国内向けの全てのトラックの出荷ができなくなってしまいました。

国土交通省の2022年8月22日付リリース(「日野自動車の排出ガス・燃費試験の新たな不適切事案について」)によると,

○ 日野自動車は,現行生産のトラック・バス用エンジン全7機種に係る型式指定申請において,長距 離耐久試験を行い算出した排出ガス劣化補正値を提出していた。

○ 長距離耐久試験においては,一定の走行距離毎(小型エンジンの場合,5,000㎞,4万㎞,8万㎞)を走行した時点(測定ポイント)において,排出ガス測定を2回以上行い,その測定結果を用いて排出ガス劣化補正値を計算する必要がある。

○ 日野自動車は,一部の測定ポイントで1回しか測定しておらず,また,排出ガス劣化補正値の計算の際,各測定ポイントの測定結果を一つしか用いていなかった。

○ 日野自動車は,規定の内容を十分理解していなかったことが原因と説明。

と記載されています。

 つまり,本来,長距離耐久試験においては排出ガス測定を複数回するべきなのに,1回しか測定しなかったポイントがあったり,補正値の計算の際,各測定ポイントの測定結果を一つしか用いていなかったため,排出ガス劣化補正値が適切に計算されていませんでした。この点,日野自動車は,「規定の内容を十分理解していなかったことが原因と説明」しているとのことですが,そもそも自動車メーカーが検査に関する規定の内容を「十分理解していなかった」とは考えにくいところですし,規定に適合する方法で排出ガス劣化補正値を計算していたところもあったのですから,日野自動車の説明をにわかに信ずることはできません。

 さらにつきつめると,今回明らかになった不正行為(国土交通省の表現では「不適切行為」)は,2022年3月以前から行われていたのではないでしょうか。そうすると,本来,大型エンジン等に関する不正行為を発表した段階で,この2019年モデルエンジンに関しても不正行為があった旨発表され,かつ,その件についても調査がされるべきだったのではないでしょうか。

  この点,会社は,「試験の誤りを認識しておらず,特別調査委員会に適切なデータを提供できていなかった」と釈明したとのことですが(日経XTECH ウェブ 2022/8/22),現場が規定を正確に理解できていなかったとすればそれ自体問題です。

 仮に規定を正確に理解できていたものの敢えて規定に違反する測定方法を続けていたのにそれを会社に報告していなかったのであればさらに問題ですし,会社がその旨の報告を受け,不正行為を認識しながら2022年3月の時点で,それを公表しなかったとすればますます問題です。

 いずれにせよ,2019年モデルエンジンの不正行為についても,2022年3月までに把握してその時点で公表するとともに,特別調査委員会の調査に委ねるべきであったのに,それをせず,調査報告書を公表した直後に不正行為が追加で発見されてしまったのは,大失態というべきであり,危機対応として最悪というほかありません。今回発覚した不正行為についても特別調査委員会による新たな調査を実施して,このような大失態に至った経過を検証するのが適当と思われます。

 日野自動車は,8月2日の時点で,「再生に向けて全社を挙げて取り組んでまいります。」(2022年8月2日付「特別調査委員会による調査結果および今後の対応について」)としていましたが,今回発覚した不正行為の原因究明を徹底しない限り真の再生を実現することはできないのではないでしょうか。

サイバー攻撃への備え

2022年8月24日

 本日(8月24日)は,ロシアがウクライナの侵略を開始した2月24日からちょうど半年になります。
 ウクライナの短期間での占領というロシアの目論見は見事にはずれ,現在戦力を集中させている東部戦線でも目立った戦果はありません。この膠着した状態は当分続き,戦争は泥沼化していくものと予想されます。戦力的にはウクライナ軍を圧倒するロシア軍の,かような無様な戦いぶりに驚きを禁じ得ませんが,ロシアの計算違いの一つとして,ハイブリッド戦での戦果を挙げられなかったことが指摘されています(2014年のクリミア併合の際には,このハイブリッド戦が見事に成功したとされます。)。 

 ハイブリッド戦とは,「軍事と非軍事の境界を意図的にあいまいにした現状変更の手法」であり,「サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害,インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法」とされます(防衛白書)。
 ロシアは,今回の侵略の直前にもウクライナに対して大規模なサイバー攻撃を仕掛けたものの,今回はそれが目立った成果を上げることができなかったとされます。
 ウクライナは,クリミア併合の際の教訓から,サイバー攻撃に対する備えを強化していた結果,今回のロシアによるサイバー攻撃の影響を最小限にとどめたのだそうです。 

 このサイバー攻撃は,既に我が国にも繰り返し仕掛けられてきており,実際の被害も生じておりますが,こうした状況の下,2022年5月11日,いわゆる経済安全保障推進法が参議院で可決され,成立しました。
 この法律の主な柱は
  ① 特定重要物資の供給網の確保
  ② 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保
  ③  最先端技術の開発支援
  ④  国の安全を損なうおそれのある特許の非公開化
の4つですが,サイバー攻撃に対する備えは②になります。
 ②の「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保」で対象となる事業は,電気等の14事業の「特定社会基盤事業」であり(なお,14業種は,電気,ガス,石油,水道,鉄道,貨物自動車運送,外航貨物,航空,空港,電気通信,放送,郵便,金融,クレジットカードであり,今後,政令で絞り込みがされる予定です。),その中の「特定社会基盤事業者」として指定される事業者が対象となります(法50条1項)。 

 この特定社会基盤事業者が,特定重要設備の導入等を行う場合,導入等計画書を事前に届け出て(法52条1項),主務大臣の審査を受ける必要があります。
 「特定重要設備」とは,「特定社会基盤事業の用に供される設備,機器,装置又はプログラムのうち,特定社会基盤役務を安定的に提供するために重要であり,かつ,我が国の外部から行われる特定社会基盤役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として使用されるおそれがあるものとして主務省令で定めるもの」です(法50条1項)。
 主務大臣は,審査の結果に基づき,サイバー攻撃等を受けるおそれが大きいと認められる場合,妨害行為を防止するため必要な措置(特定重要設備の導入・維持管理等の内容の変更・中止等)を勧告,命令することができます(法52条6項)。 

 このように特定社会基盤事業者と指定されると,これまでにない負担を負い,制約を受けることになりますが,重要な社会インフラをになう事業者がシステム上の脆弱性を放置することは絶対に許されません。特に,現在は,中国による台湾侵攻が現実味を増しているなど,我が国を取り巻く情勢のいよいよ緊迫化し,危機が現実化,具体化してきていることから,特定社会基盤事業者において,政府による相当の規制を受けることはやむを得ないものと思われます。したがって,特定社会基盤事業者に指定された事業者は,法の要件に適合した形で事業を展開していく必要があります。

 他方,特定社会基盤事業者に指定されない事業者であっても,サイバー攻撃に対する備えをしておかなければなりません。なぜなら,現在はネットワークが網の目のように張り巡らされておりますので,サイバー攻撃を仕掛ける攻撃者は,防御の脆弱な者を突破口として,社会を混乱に陥れようとするからです。ロシアによるウクライナ侵略開始直後,トヨタ自動車の関連会社の部品メーカーが攻撃を受け,結果的にトヨタ自動車がその生産をストップする事態になりましたが,これはサプライチェーン攻撃というサイバー攻撃の一種でした。
 その意味で,「特定社会基盤事業者」に指定されるか否かにかかわらず,必ずサイバー攻撃を受けるという前提で,サイバー攻撃に対する備えを十分にしておかなければなりません。
 そのような時代になっていることを十分に認識しておく必要があります。

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