会計監査人の不再任
2018年3月23日
3月期決算の会社では,株主総会に向けての準備が進められていると思います。
このうち,会計監査人設置会社(会社法2条11号)では,会計監査人を再任するかどうかを判断する必要があります。会社法は,会計監査人の任期を「選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」(法338条1項)とし,他方で,「会計監査人は,前項の定時株主総会において別段の決議がされなかったときは,当該定時株主総会において再任されたものとみなす」(法338条2項)としています。そのため,議案に会計監査人の不再任に関する議案が上程されなければ,従前の会計監査人が再任されることになります。
他方,会計監査人を不再任とする場合ですが,会社法は,「会計監査人を再任しないことに関する議案の内容」は,監査役(会)が決定すると定め(法344条),また,取締役が会計監査人の不再任に関する議案を提出する場合には,株主総会参考書類には,監査役(会)が議案の内容を決定した理由を記載することになっています(会社法規則81条)。したがって,不再任とする場合は,監査役(会)が,不再任の理由を明らかにすることになります。
さらに,不再任の場合は,会計監査人が意見を述べることも認められており(法345条5項),株主総会参考書類には,会計監査人に意見があるときは,「その意見の内容の概要」を記載する必要があります(会社法規則81条3号)。また,現行の会計監査人を不再任とするのであれば,新たな会計監査人を選任する必要があり,それも監査役(会)が決定することになります(法344条)。
会計監査人の選任,解任,不再任の基準については,日本公認会計士協会は,平成27年11月に,「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」を公表して,会計監査人の選解任及び不再任の議案決定の際の評価基準を明らかにしていますので,実務的にはこの指針に基づいて各会社が判断することになると思われます。
ただ,会計監査人を不再任とする動機は,報酬であることが多いともいわれています。会社から見て,不相応に報酬が請求されていると感じる場合が多いということなのかもしれませんが,会計監査人の報酬は,監査をする会社の売上高,資産,連結会社の有無・数等いろいろな事情が絡んできます。ですから,一概に報酬が高いとか安いとか言い難いところがあります。そのため,会社としても会計監査人の報酬について明確な判断をしにくいとことがあることは間違いありません。最後は,同規模の同業他社の様子をにらみつつ判断をすることになるようです。
日本版司法取引
2018年3月15日
刑事訴訟法は,平成28年改正法でいわゆる司法取引が制度化されましたが,その施行日が本年6月1日になりそうです。
先日,リニア新幹線の談合事件で,談合を否認していた会社の関係者が逮捕されましたが,談合を認めている会社の関係者は逮捕されませんでしたので,司法取引を先取りした動きであるとの論評もありました。
しかし,事実を否認する者を逮捕して取り調べることは特捜事件ではよくあることで,私も検事をしていたころ,特捜部の応援に入った事件で,事実や罪を認めた会社の担当者は逮捕されないのに,否認した会社の担当者は逮捕勾留されました。否認は,罪証隠滅のおそれが高いことから,逮捕勾留するのはむしろ当然という考え方です。ですので,今回のリニア新幹線の談合事件で逮捕者が出たとしても,必ずしも,本年6月施行の司法取引を先取りしているとまではいえないと思います。
ところで,改正刑事訴訟法350条の2に定める「司法取引」は,特定犯罪に係る事件の被疑者等が,特定犯罪に係る他人の刑事事件について,検察官等の取調べに際して真実の供述をするなどしたとき,一定の場合,検察官と被疑者等との間で,「公訴を提起しないこと」などの合意(取引)をすることできるという制度です。
この「特定犯罪」ですが,改正刑訴法には,贈収賄,詐欺,横領,背任,組織犯罪処罰法(3条1項1号等),覚せい剤取締法等に加え,租税に関する法律,独占禁止法,金融商品取引法等の「財政経済関係犯罪として政令で定めるもの」が定められており,この政令で定める法律には,会社法や不正競争防止法など約50の法律が盛り込まれることになっています。したがって,司法取引が可能な「特定犯罪」は実に幅広い構成になっています。
ただ,この司法取引については,いわゆる引っ張り込みの危険が指摘されています。つまり,罪の減免を得たいと考える被疑者が,他人が特定犯罪を犯しているなどと虚偽の供述をして,無実の者が処罰され,えん罪を招くのではないかとの懸念が出されています。しかし,実際には,罪の減免を得たい被疑者等の供述のみで逮捕したり,起訴することは考えにくく,供述の信用性を担保する客観証拠の存在とその信用性が厳しく吟味されるでしょう(法文上も,被疑者等の供述によって「得られる証拠の重要性等を考慮して」とあります。)。そうした客観証拠の存在を必要とする限り,えん罪の危険はそれほど高くないものと考えられます。
いずれにせよ,改正刑事訴訟法が定める「特定犯罪」は,企業が関係するものが多数含まれています。したがって,企業が業務のなかで司法取引の選択に直面し,司法取引に応じるか否かの判断を慎重に見極めなければならない場面も出てくるといえます。
地面師詐欺による被害を防ぐには
2018年3月9日
積水ハウス株式会社は,昨年6月,品川区内の土地を巡り,約60億円をだまし取られる被害を受けました。この詐欺事件を契機として,積水ハウス社で混乱が生じたようですが,今回注目するのは,今月6日にリリースされた「分譲マンション用地の取引事故に関する経緯概要等のご報告」です。
これは,詐欺被害の調査結果ですが,報告書によると,所有者と称するA氏のパスポートや公正証書等による本人確認をしたものの,それが偽造されたものであることに気づかず,その後,本物の土地所有者を名乗る者から「売買契約はしない」という内容証明が送られたり,「別人との取引で偽造されている」との書面が送られたりしたのに,マンション事業本部も他の部門も取引妨害のたぐいであると判断してしまい,代金の支払いに及んでしまったとのことです。
同報告はこのような経緯を踏まえて,「本件を防げなかった直接の原因は,管轄部署が本件不動産の所有者に関して書面での本人確認に頼ったことにあります。ただ,司法書士も本物と信じたという偽造パスポートや公正証書等の真正な書類が含まれていたという地面師側の巧妙さもあり,初期段階で地面師詐欺を見破ることができませんでした。」と指摘します。
確かに今時の偽造書類は実に精巧ですので,簡単に見破ることはできません。私が担当した地面師詐欺の事件では,偽造されたQRコード付の住民基本台帳カード(顔写真付き)が提示されましたが,表面上矛盾はありませんでしたし,法務局も真正な本人確認書類であると認めて登記を受理しました。私もコピーを見ましたが,外見上は不自然なところは全くありませんでした。
しかし,今回の積水ハウス社の件では,法務局が本人確認書類の偽造に気づいたわけです。別の地面師詐欺では,本人確認書類として提示された運転免許証の生年月日の記載が売主の生年月日と異なっていたり,運転免許証に記載された生年月日と運転免許証の有効期限の記載が矛盾していたものがあります(例えば,1月1日生まれの場合,有効期限は「2月1日」とされますが,「1月1日」と記載されている。)。そのような誤記や矛盾点があれば偽造されたものとわかります。おそらく,今回のA氏のパスポートにもそのような矛盾点があり,法務局はそれを見逃さなかったということでしょう。したがって,本件は,「管轄部署が本件不動産の所有者に関して書面での本人確認に頼ったこと」が問題ではなく(本人確認はむしろ書面に基づいて行います。),法務局が気づくような矛盾等を見逃した積水ハウス社側の本人確認能力ということになるでしょう。
積水ハウス社は,宅地建物取引業の免許をお持ちですので,土地を購入する場合は,売主(と称する者)の本人確認をする義務があります(犯罪による収益の移転防止に関する法律)。ですので,司法書士任せにすることなく,ご担当者による本人確認がされたでしょうが,最前線のご担当者が巧妙に偽造された本人確認書類を見破ることはなかなか困難であろうと思われます。しかし,最前線での本人確認をスルーすれば,他の部門は,「担当者が細心の注意を払って確認したのだから誤りはないはずだ。」と高をくくってしまい,だれも取引を止めることができなくなるのはむしろ当然かと思います。
そうしてみると,地面師詐欺の被害を避けるためには,一にも二にも本人確認の精度を高めることがポイントとなります。ですから,この際,本人確認を担当者や司法書士任せにすることなく,本人確認のプロで構成された本人確認専門チームに担当させるのも一つの手かもしれません。地面師詐欺の被害者は,たいてい一定の資金力のある不動産業者やディベロッパーですので,そのような専門部隊を養成することはそれほど難しいことではないように思います。過去の地面師詐欺の事例から偽造を見破るポイントを蓄積しておけば,少々の偽造であれば容易に見破ることができるのではないでしょうか。さらに,そのような直接の担当者とは別の部隊による本人確認であれば,いくぶん冷静な判断も期待できると思います。
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