東京・銀座の弁護士

弁護士布施明正 MOS合同法律事務所

コラム Column

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接触計測アプリ

2020年5月3日

5月1日の日経新聞に,「接触計測アプリ 今月から活用」との記事が掲載されていました。
記事によると,ブルートゥース(数メートルの近距離を通信する無線規格)を使い,アプリを導入した人同士が1メートルの距離に15分以上いるとスマホに記録が残り,そのような人との接触回数が多い場合はアプリを通じて警告が出るとのことです(どの程度の回数になると警告が出るのかは明確ではありません。)。各端末に残す接触記録は個人が特定できないように匿名化し,この情報を提供された政府は,ビッグデータ解析を行い,接触機会の削減が地域ごとにどの程度進んでいるか確認し,接触が多いと判明した場所は外出や面会の自粛要請を強化するそうです。
将来的には,陽性反応が出た感染者がアプリに感染情報を登録すると,個人情報は伏せたまま個々に至近距離にいた端末に通知が出る仕組みを考えるともありました。

このアプリは,利用目的が明示されるとともに,本人が利用目的に同意することになっています。また,端末に残す情報は匿名化されたいわゆる匿名加工情報になるそうですので,これを第三者に提供するについては特に本人の同意は必要ありません。このように,このアプリは,当然のことながら,個人情報保護法に適合するよう設計されているようです。

韓国では,コロナウィルス感染拡大防止のため,政府が感染者のスマートフォンの位置情報,クレジットカード利用履歴,監視カメラ画像等を収集,統合して感染者の移動経路や感染までの経緯を明らかにして公開しているそうですし,さらに感染者と接触した可能性のある人に連絡し,発熱などの症状の有無を確認しているそうです。

我が国の個人情報保護法では,位置情報,特にGPSによる位置情報は,個人を識別できるものとして個人情報に当たると考えられます。そのため,GPS位置情報を取得するためには,電気通信事業者は予め利用目的を特定し(法15条1項),利用目的を本人に通知しなければなりませんし(法18条1項),通信サービスを提供するために必要な場合に限り個人情報を取得するという建前です。
ですので,GPS位置情報を目的外に利用することや本人の同意なしに第三者に提供することは原則として許されません。
ただ,個人情報保護法第23条は,個人情報取扱事業者があらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供できる場合として,

 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。

を掲げています(法23条1項3号)。
そうすると,今回のようなコロナウィルス感染症が全国にまん延している状況では,まさに「公衆衛生の向上」のために「特に必要がある場合」に該当するようにもみえます。
しかし,「本人の同意を得ることが困難」と考えられる場合以外は,本人同意がないまま第三者に提供することは相当困難といえ,そうすると,コロナウィルス感染拡大防止の目的であっても,この条項が現実に適用されることはなさそうです。したがって,我が国では,たとえコロナウィルス感染拡大を防止するという目的であったとしても,韓国で行われているのと同様の方法でGPS位置情報等を第三者に提供することは現実には困難であると考えられます。

コロナ禍と賃料の減免等

2020年4月28日

新型コロナウィルス感染症により,政府が緊急事態宣言を公示してから既に3週間になります。
この間,外出の自粛,特に,三密を避けるとして夜の飲食の自粛が強く求められ,その結果,多くの飲食店が営業休止となりました。事務所に近い銀座でも大部分の飲食店が営業を休止しており,通りを歩く人はほとんどいません。リーマンショックや東日本大震災の時でもこれほどではありませんでしたので,新型コロナウィルス感染症の破壊力の強烈さが分かります。
このように多くの飲食店が休業を余儀なくされていますが,日々の売上がなくなった飲食店は賃料の支払いに窮することになります。
私も,緊急事態宣言が出る前,飲食店経営者の方から,賃料を保証金から天引きしてもらえるかとのご質問を受けたことがありましたが,「基本的にオーナーは保証金(敷金)に手を付けないので,むしろ賃料の減額を求める方が現実的ではないでしょうか。」とお答えしました。

このように,テナントからの賃料の減免や支払猶予等の要請があったとき,オーナーとしてどのような対応が必要でしょうか。
賃貸借契約はいうまでもなく,賃貸人が賃借人に目的物の使用収益をさせ,賃借人が賃料を支払う契約ですので,賃借人が物件を占有する限り,約定のとおりに賃料を支払ってもらうのが原則です。
しかし,オーナーが賃料の減免等に応じない場合,優良なテナントさんであっても営業を終了して店を明け渡す可能性があります。
テナントさんに退去されると,その瞬間から空き室となり賃料が入らなくなりますし(保証金も一部返還する必要があります。),次のテナントを探す手間,次のテナントの賃料滞納リスク等を考慮すると,むしろ,賃料の減免や支払猶予等に応じてでも現在の優良なテナントとの契約を継続させ,この危機的状況を乗り切る方が得策という考え方があり得ます。
もちろん,金融機関からの借入金等の返済等のため,賃料の減免等に簡単に応じられないというオーナーさんもおられるでしょう。
しかし,賃料の減免等に応じない場合,テナントさんが退去する可能性や賃料の支払がストップしてしまう可能性があり,いずれにせよ賃料収入が途絶えることになります。
そうすると,優良なテナントさんから賃料の減免等の要請があれば,これを前向きに検討するのが得策と思われます。
実際,多数の賃貸物件を保有しておられる日本生命保険は,保有するビルに入居するテナントさんに対し賃料の引き下げに応じる方針だそうですし,大手の不動産会社も同様といわれていますが(日経新聞),優良なテナントさんの引き止め策ともいえます。

また,中には賃料を支払わないテナントさんも出てくると考えられます。
通常であれば,賃借人が賃料を2か月滞納すれば賃貸借契約を解除し,明渡を求めることになりますし,裁判所も,賃料の滞納が2か月になれば解除の効果を認めて明渡しを命じます。
ですので,これ以前に賃料の滞納等のあるテナントさんであれば,この際に退去していただくという選択はあり得ます。
しかし,そうでない優良なテナントさんの場合は,賃料の滞納はコロナウィルスのまん延による自粛要請によるもので,テナントさんの責任とはいえません。
このような事情がありますと,裁判所は,賃料滞納は賃借人の責めに帰すべきものとはいえないとか,信頼関係の破壊があるとまで認められないなどとして,いわば「コロナの抗弁」により解除を認めない可能性もあり得ます。

現在,国は,飲食店等の賃料に関し,テナント,オーナー双方の支援策を検討しています。
テナント側の支援策としては,与党は事業継続を見据えて補助金の支給を検討しているそうですし,野党は賃料の支払を1年程度猶予する案を示しているそうです。
また,オーナー側の支援策としては,テナントの賃料を減免した場合は損金として計上することが可能となっています。
また,固都税の減免措置として,

新型コロナウィルス感染症の影響により事業等に係る収入に相当の減少があった場合,中小事業者,中小企業者が所有し,事業のように供する家屋(建物)及び償却資産(設備等)の令和3年度の固定資産税及び都市計画税が,事業にかかる収入の減少幅に応じ,ゼロ又は2分の1となる。

との案が審議されています。
このような支援策を活用しつつ,優良なテナントさんとともに痛みを共有するのが得策であるように思われます。

株主総会の延期

2020年4月25日

新型コロナウィルス感染症の感染拡大が止まりません。
政府が緊急事態宣言を公示し,外出自粛要請等がされてから既に2週間以上が経過しましたが,なかなか感染拡大に歯止めがかかっていないようです。やはり,外国のように強制力を伴う措置でないと目に見える効果は出にくいのかもしれません。

さて,このように新型コロナウィルス感染症が年度末にかけて急拡大し,多くの会社が在宅勤務となったことなどから,3月期決算の会社では決算の取りまとめや監査法人による監査に大きな支障が生じており,6月の株主総会の準備が間に合わないといわれています。また,6月に株主総会を招集した場合,株主総会でクラスターが発生するリスクもあります。
我が国では,多くの大企業が3月期決算としているようですので(国税庁によると,3月期決算の会社の割合は,資本金が5億円以上の大会社の場合約59%,100億円以上の会社の場合約74%だそうです(平成30年度)。),新型コロナウィルス感染症が蔓延している状況で,株主総会の開催について検討している企業も多いのではないでしょうか。

それでは,3月期決算の会社が6月以降に株主総会を延期することは会社法上可能でしょうか。
会社法は,124条1項で

株式会社は,一定の日(基準日)を定めて,基準日において株主名簿に記載され,又は記録されている株主(基準日株主)をその権利を行使することができる者と定めることができる。

とし,同条2項で

基準日を定める場合には,株式会社は,基準日株主が行使することができる権利(基準日から3か月以内に行使するものに限る。)の内容を定めなければならない。

としています。
そして,3月期決算の会社の多くは,定款で,定時株主総会の議決権の基準日を毎年3月31日とする旨の定めをしているのではないでしょうか。
そうすると,定款において定時株主総会の議決権の基準日を毎年3月31日とする旨の定めをしている会社は,どうしても6月に株主総会を招集しなければならないように見えます。
しかし,会社法は,

定時株主総会は,毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならない。

と定めていますが(296条),決算期から3か月以内に株主総会を招集しなければならないとはしていません。
したがって,定款の定めはともかく,会社法上は,決算期と株主総会の招集時期はリンクしていないことになります。

そうしたことから,法務省は,

会社法上,基準日株主が行使することができる権利は,当該基準日から3か月以内に行使するものに限られます(会社法第124条第2項)。
したがって,定款で定時株主総会の議決権行使のための基準日が定められている場合において,新型コロナウイルス感染症に関連し,当該基準日から3か月以内に定時株主総会を開催できない状況が生じたときは,会社は,新たに議決権行使のための基準日を定め,当該基準日の2週間前までに当該基準日及び基準日株主が行使することができる権利の内容を公告する必要があります(会社法第124条第3項本文)。

として,特に定款変更の手続を経ることなく,新たな基準日を設定等することにより,株主総会の開催時期を7月以降に変更することが可能であるとの見解を示しています。

なお,かつて,証券取引法(現在は金融商品取引法)は,決算期から3か月以内に有価証券報告書を提出しなければならないとし,有報を提出するに当たり,株主総会に報告又はその承認を受けた計算書類等の添付を求めていましたので,定時株主総会は,有報提出前まで(つまり決算期から3か月以内に)に招集しなければなりませんでした。
しかし,現在は,企業内容等の開示に関する内閣府令により,有報を定時株主総会前に提出する場合は,株主総会に報告しようとするもの又はその承認を受けようとするものの添付で足りるとされました(同内閣府令17条)。
なお,令和2年4月17日付内閣府令第37号により,企業内容等の開示に関する内閣府令が改められ,今回の新型コロナウィルスの感染拡大の影響は,有報を3か月以内に提出できなくても「やむを得ない理由により」,「(当該事業年度経過後3月以内に)提出できないと認められる場合に該当する」とされ,令和2年9月30日までに提出すればよいことになりました。

こうしてみると,3月期決算の会社が,定款に決算日を基準日とする旨の定めをしているとしても,(定款変更の手続きを経なくても)基準日を変更することにより7月以降に定時株主総会を招集することは可能であるといえます。
新型コロナウィルスの感染拡大を食い止めるべき社会的要請が高い状況で,株主総会を6月に開催することが適切かどうか慎重に検討する必要があるように思われます。

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