同一労働同一賃金
2019年8月5日
平成30年にいわゆる働き方改革関連法案が成立しましたが,この改正法の大きな柱は,長時間労働の是正,多様で柔軟な働き方の実現,雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保(いわゆる同一労働同一賃金)になります。このうちの長時間労働の是正の部分は平成31年4月1日から施行されています(但し,中小企業に対しては1年間猶予され,令和2年4月1日から)。
他方,同一労働同一賃金の部分は,いよいよ令和2年4月1日から施行されることになります(中小企業の場合,施行は令和3年4月1日から)。同一労働同一賃金は,正規雇用労働者と非正規労働者との間に存在する不合理な待遇差を解消することが目的となっています。
ここで,「非正規雇用労働者」とは,短時間労働者(1週間の所定労働時間が同一の事業主に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比し短い労働者。いわゆる「パートタイム」),有期雇用労働者(事業主と期間の定めのある労働契約を締結している労働者),派遣労働者のことです。
短時間労働者(パートタイム)については,従来,「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(いわゆる「パートタイム労働法」)により一定の配慮がされていましたが,この度の働き方改革関連法では,「有期雇用労働者」というカテゴリーを創設し,短時間労働者とともに有期雇用労働者を対象に含めて正規労働者との待遇差を解消することを目指すこととし,名称も「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」に変更されました(以下では「改正法」といいます。)。
改正前のパートタイム労働法では,パートタイム労働者について,
その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるものについて,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱をしてはならない。(パート法9条)
とされていたのを,改正法では,
その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるものについて,短時間・有期雇用労働者であることを理由として,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,差別的取扱をしてはならない。(改正法9条)
とされました(いわゆる均等待遇規定)。
また,いわゆる均衡待遇規定(パート法8条)も
事業主が,その雇用する短時間労働者の待遇を,当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては,当該待遇の相違は,当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない。
とされていたのを,改正法では
事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において,当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。
とされました(いわゆる均衡待遇規定)。均衡が求められる待遇としては,「基本給,賞与」のほかには,役職手当,食事手当,福利厚生,教育訓練などが考えられます。
他方,派遣労働者についても不合理な待遇差を解消するための規定の整備がされました。
すなわち改正前の労働者派遣法では,派遣労働者と派遣先労働者の待遇差について,均等待遇規定,均衡待遇規定はありませんでした(配慮義務規定のみ)が,法改正により,
① 派遣先の労働者との均等・均衡待遇
② 一定の要件を満たす労使協定による待遇
のいずれかを確保することを義務化しました。
上記の①の均等・均衡待遇ですが,改正後の第30条の3では,第1項で
派遣元事業主は,その雇用する派遣労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する派遣先に雇用される通常の労働者の待遇との間において,当該派遣労働者及び通常の労働者の職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。
とされ(均等待遇規定),第2項で
派遣元事業主は,職務の内容が派遣先に雇用される通常の労働者と同一の派遣労働者であって,当該労働者派遣契約及び当該派遣先における慣行その他の事情からみて,当該派遣先における派遣就業が終了するまでの全期間における当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては,正当な理由がなく,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する当該通常の労働者の待遇に比して不利なものとしてはならない。
とされました(均衡待遇規定)。
また,②ですが,派遣元事業主が,労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数代表者と一定の要件を満たす労使協定を締結し,当該協定に基づいて待遇を決定することです。例えば,賃金決定方法として,
(ア) 協定対象の派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金額と同等以上の賃金額となるもの
(イ) 派遣労働者の職務内容,成果,意欲,能力又は経験等の向上があった場合に賃金が改善されるもの
という要件とか,派遣労働者の職務内容,成果,意欲,能力又は経験等を構成に評価して賃金を決定することといった要件を満たした内容であることが必要です。派遣元事業主は,②の方法を選択した場合は,①の方法は適用しないと定められています(第30条の4 1項)。
また,改正法により,待遇に関する説明義務の強化がされ,有期雇用労働者については,雇い入れ時において,本人の待遇内容及び待遇決定に際しての考慮事項に関する説明義務が明記されるとともに,短時間労働者,有期雇用労働者,派遣労働者とも,事業主に対し,正規雇用労働者との待遇差の内容・理由等を説明するよう求めた場合,事業主がこれに回答する義務が明記されるとともにこのような説明を求められた場合,不利益取扱いをすることが禁止されました。
このように,いわゆる非正規労働者についても,正規労働者と均等,均衡のとれた待遇をする必要があり,正規雇用労働者と異なる待遇をするのであれば,合理的な理由が存する旨の説明をできるようにしておくことが必要です。
吉本興業の危機管理能力
2019年7月27日
吉本興業の芸人さん(宮迫博之氏,田村亮氏ら)が,事務所を通さずに振り込め詐欺グループが関与するパーティーに出演したこと等で処分を受け,さらに,宮迫氏との契約(吉本興業は「マネジメント契約」と表現しています。)を解消しました(令和元年7月19日)。
そうしたところ,7月20日,宮迫氏と田村氏が記者会見を行い,そこで,吉本興業の岡本昭彦社長らとの面談の際,宮迫氏らが会見を開きたいと希望したのに対し,岡本社長らから,「記者会見はさせるつもりはない」,「お前らテープ回してないだろうな。」,「(会見をするなら)お前辞めて一人ですればいい。そうしたら,連帯責任で全員首にするからな。それでもいいなら会見をしろ。俺にはお前ら全員首にする力がある。」などと言われたと明らかにしました。この会見を受けて,吉本興業は,7月22日,岡本社長らが会見を行い,そこで,宮迫氏らに対する処分を撤回するとともに,一連らの問題の責任をとるとして,岡本社長と大﨑会長の報酬を1年間50%カットする処分を行うと発表しましたが,逆に大バッシングを受ける事態に陥ってしまいました。
この一連の流れは,昨年発生した日大アメリカンフットボール部の違法タックル問題での日大の迷走と重なっていました。
日大の件は,アメリカンフットボールの交流戦で,日大選手が相手選手に対して「これまで見たこともないレベル」の反則行為を行ったことがネットで騒がれ始めたものの,大学側はこれといった対応をしないうちに,反則行為をした選手が独自に顔出しの会見を開き,当該反則行為は,監督とコーチの「(相手のQBを)潰してこい」との指示によるものだったと公表したのでした。この会見を受けて,監督とコーチが釈明の会見をしたものの,理解が得られるような内容でなかったことに加え,司会者が会見を一方的に打ち切ると言い出すなどしたため,大荒れになってしまい,「危機管理の典型的な失敗事例として記憶される」(日経新聞コラム)と評されるものになってしまいました。
今回の吉本興業の一連の対応も,問題発覚後タイムリーな反応をしない→当事者が実情を公表→準備不足のまま釈明会見→炎上という点で,昨年の日大の場合とよく似ています。
宮迫氏らに対する処分をした理由も,処分を撤回するとした理由もよく分かりませんでしたし,問題の原因の究明や改善策も不明のままでしたので,全く釈明の会見になっていなかったといわざるを得ません。その意味で,今回の吉本興業の対応は泥縄式であり,緊急事態における他の失敗例を教訓にした備えをしていなかったといわざるを得ません。
今回の吉本興業の件では,危機対応のまずさという点はもちろんですが,そもそも論として,吉本興業と所属する芸人さんとの契約関係の曖昧さが根本問題としてあるように思われます。
すなわち,吉本興業は多数の芸人さんを抱えているにもかかわらず,明確な契約書面をとりかわしていないというのです。現代社会では,契約書を作成するのは当たり前であり,労働契約であれば労働契約書,業務委託契約であれば業務委託契約書を作成し,権利義務関係を明確にすることが常識となっています。ところが,吉本興業の場合,芸人さんとの間で書面を取り交わしていなかったのは現代の契約社会にあって極めて前近代的というほかありません。
岡本社長の言い方によれば,会社が親,芸人さんたちは子どもとのことですから,本来ビジネスであるべき芸人さんとの法的な権利義務関係をあいまいなままにしておき,「家族」意識を植え付けて,盲目的服従を迫るという構造だったのだろうと思います。その上で,会社の方針に刃向かう者には(今回の宮迫さんらのように),「そうしたら,連帯責任で全員首にするからな。それでもいいなら会見をしろ。俺にはお前ら全員首にする力がある。」といった発言が当たり前のように出てきてしまうわけです。
これは企業風土というものであり,おそらく会社設立以来の伝統なのではないかと想像します。その意味で,この風土を改めることは相当の困難が伴うと考えられますが,今回の問題を受けて,この風土を変えていかなければ,再び不祥事が発覚したとき,同じような失敗をくり返すおそれがあります。
吉本興業がこれからもお笑い業界のトップを走るのか,それとも再び問題を起こして社会からバッシングを受けるのかの岐路に立たされていることは間違いありません。
芸人さんと反社会的勢力
2019年7月20日
吉本興業等に所属していた芸人さんが,事務所を通さずに「反社会的勢力」(振り込め詐欺グループ)が関与するパーティーに出演したり,暴力団関係者が同席していたパーティーに参加していたことが発覚した問題で,芸人さんが事務所から厳重注意や無期限謹慎処分を受けていましたが,事務所が芸人さんとの契約を解消する事態にまで発展しております。
ここでいう「反社会的勢力」とは,「暴力団,暴力団関係企業,総会屋若しくはこれらに準ずる者またはその構成員」であり,具体的には,
(1) 暴力団
(2) 暴力団関係企業
(3) 総会屋等
(4) これらに準ずる者
① 暴力団準構成員
② 会社ゴロ
③ 社会運動等標ぼうゴロ
④ 特殊知能暴力集団等
⑤ その他(密接交際者等)
となります。
また,近時,「準暴力団」も反社会的勢力に付け加えられました。
振り込め詐欺グループは,上記の「特殊知能暴力集団」((4)④)に該当することになります。
全ての都道府県で制定されている暴力団排除条例では,反社会的勢力の活動を助長する活動をした場合,当局から,指導,勧告,公表の処分がされる可能性があります。企業や個人が反社会的勢力と関係があると公表された場合,銀行取引が停止されたり,建設業であれば許可が取り消されるなどしますし,何より社会的評価が大きく毀損されますので,社会的,経済的活動にとって致命傷となってしまいます。ですので,暴排条例が全都道府県で制定され,反社会的勢力排除の機運が高まっている現状では,反社会的勢力との関係遮断は極めて重要であり,関係遮断を実効化するため,予め契約書に自分が暴力団等の反社会的勢力ではない旨を表明すること,その表明に違反したことが判明した場合,無催告に契約を解除できることなどを定めた反社条項を盛り込むことが一般的になっています。
ところで,今回の振り込め詐欺グループのパーティーに等参加した芸人さんですが,相手が反社会的勢力あるいはその関係者であることを知った上で出演したかどうかが問題になると思います。
この点,同じ吉本興業に所属していた大物芸人さんは,人気絶頂だった平成23年,暴力団関係者との交際を理由に,一発で引退に追い込まれ,現在も表舞台に立つことが許されていません。彼の場合,報道によれば,有力な暴力団の幹部と昵懇で,いわゆるケツ持ちであることを公言していたといわれています。かつて,芸能界と暴力団は強い結びつきがあったと言われていますが,今はそれが許される時代ではないのです。彼は,引退会見の際,「この程度で引退せざるを得ない」と悔しさをにじませていましたが,反社会的勢力との交際は,「この程度」といって済まされるものではないのです。
これに対し,今回の芸人さんは,参加したパーティーに反社会的勢力が関係していたとは知らなかったと言っているそうですが,相手方が反社会的勢力かどうかを確認するための一番手っ取り早い方法は,インターネット上の情報です。警察は,暴力団関係者を摘発した場合,その氏名,年齢,住所をマスコミに情報提供することになっていますので,マスコミ報道を通じてネットに情報が載る可能性はあります。しかし,ネット情報で反社会的勢力であることを確認できることは,実際はそれほど多くはないと思います。
銀行,保険,宅建業者等であれば,各業界で独自のデータベースが構築されていますので,それに照会することもできますし,最終的には,警察に対し,一定の要件の下で反社チェックを依頼することも可能です。
そうはいっても,反社チェックが簡単ではなく,また確実でないことも事実です。
そこで大事になるのは,反社チェックで引っかからずに契約等をしたものの,後から反社会的勢力であることが判明した場合,速やかに契約を解除し,関係を遮断できるようにしておくことです。そのため契約書に反社条項を盛り込んでおくことが重要であり,そうしておけば,契約後に反社会的勢力であることが分かったとしても,当該条項を使って契約を解除することができますし,解除すべきといえます。ですので,契約後に反社会的勢力であることが分かった場合は,可及的かつ速やかに関係を遮断すべきであり,もし不安であれば,遠慮なく警察や弁護士に相談すべきです。このような対応をせず,ずるずると関係を継続してしまうと,反社会的勢力と関係を有する企業,業者とのレッテルが貼られてしまい,企業存続に致命的な悪影響を生じさせます。
今回の芸人さんの場合,パーティーの主催者が反社会的勢力だったことや,参加者に暴力団関係者がいたことまでは本当に知らなかったのだろうと想像します。その点で気の毒なところはありますが,事務所を通さず闇営業で出演したことがこのような事態を招いたといえ,その点では脇が甘いと指摘されるのはむしろ当然と思います。
人気商売の芸人さんですから,お声がかかれば喜んで出演してしまうのでしょうが,芸人さんといえども,いったん立ち止まって大丈夫かどうか確認する慎重さが必要となります。
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